SEM-EDS徹底解説 ― 像は nm、分析は μm。同じ場所を見ていない【2026年版】
元素・表面分析

SEM-EDS徹底解説 ― 像は nm、分析は μm。同じ場所を見ていない【2026年版】

SEM は数 nm の像を出す。その同じ電子線で元素分析をすると、返ってくる情報は μm の領域からのものになる。 これはメーカー自身が「10 kV 超では相互作用体積はマイクロメートルのオーダー」と技術資料に明記している 事実である。さらに検出器のカタログも、2022 年に改訂された ISO 15632 以降は Mn Kα だけでは足りず C Kα と F Kα の記載を求められるようになった ―― 同じ検出器の対で Mn K の差が 5 % でも、C K では 35 % 開くからだ。 そして定量値。NIST が希土類鉱物を実測すると、1 mass% の Dy は誤差 2 % で決まるのに、0.251 mass% の Tb は 69 % 高く出る。極めつけは検出限界で、検出器自身の材料である C・Al・Si は、装置が出す蛍光のせいで 検出限界が 1 桁以上悪化する。本記事は「SEM-EDS の数字はどこまで信用できるか」を一次資料の数値だけで追う。

XRF の記事では「元素ごとに、見ている深さが違う」と書いた。XPS の記事では「校正されているのは装置の目盛であって、試料のゼロ点ではない」と書いた。

SEM-EDS にも、同じ型の問題がある。しかも今回のずれは、画面の上で最も直感に反する形で現れる。

SEM は数 nm の像を出す。粒子の輪郭も、割れ口の凹凸も、はっきり見える。その像の上でカーソルを合わせ、「この点の元素は?」と EDS(エネルギー分散型X線分析)に問う。返ってくる数字は、確かにその点のものに見える。

だが返ってきているのは、直径にして 1 μm 前後の体積からの情報である。像の分解能と、分析の分解能は、3 桁ちかく違う。

これは誰かの不注意ではなく、物理から来る。電子は試料に入ると散乱しながら広がり、止まるまでのあいだ特性X線を出し続ける。像を作る二次電子は表面のごく浅いところからしか出られないのに対し、X線は広がった体積の全体から出てくる。同じ電子線を使いながら、像と分析は違う体積を見ている。

本記事は、この一点を出発点に、検出器のカタログの読み方、定量値の信用度、検出限界までを、一次資料の数値だけで追う。

この記事の読み方

  • 入門者:1〜3 節で「なぜ像と分析でずれるのか」を押さえれば、SEM-EDS のデータを見るときの目が変わる。8〜9 節は、他人の分析報告書を読むときに効く。
  • 現場の分析者:5〜7 節(ISO 15632 と検出器スペックの読み方)と 8〜10 節(定量と検出限界)が本題。9 節の NIST 実測値は、報告書に「○ %」と書く前に一度見てほしい。
  • 数値はすべて出典とセットで扱った。裏が取れなかったものは末尾の「未確認・限界」に明記した。

1. 電子線が入った先に、涙の形をした体積がある

入射電子が試料内で涙滴形に広がる相互作用体積の模式図。二次電子は表面の nm スケールから、特性X線は μm スケールの体積全体から出てくる
図解:空間分解能を決めるのはビーム径ではなく、相互作用体積の大きさである

まず用語を整理する。SEM(走査電子顕微鏡)は細く絞った電子線を試料の上で走査し、返ってくる信号で像を作る装置である。EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy、エネルギー分散型X線分析)は、その電子線が試料に当たったときに出る特性X線をエネルギーごとに数え、元素を同定・定量する付属装置を指す。EDX とも呼ぶ。この2つを組み合わせたものが SEM-EDS で、「見えているものが何でできているか」を1台で答えられるのが最大の売りになる。

問題は、その「見えているもの」と「何でできているか」が、同じ場所を指していないことにある。

電子は試料に入った瞬間に散乱を始める。原子核とのクーロン相互作用で向きを変え(弾性散乱)、電子との相互作用でエネルギーを失う(非弾性散乱)。この繰り返しで、電子は入射点を頂点とした涙滴形(洋梨形)の体積に広がりながら減速していく。これが相互作用体積(interaction volume)である。

信号ごとに、出てこられる深さが違う。

  • 二次電子(像の主役):エネルギーが低いため、表面から数 nm の深さで発生したものしか脱出できない。だから像は鋭い。
  • 反射電子:もう少し深いところからも出てくる。だから組成像は二次電子像よりわずかに甘い。
  • 特性X線:X線は電子と違って物質中を長く進める。相互作用体積のほぼ全体から発生し、そのまま外に出てくる。

つまり EDS の空間分解能を決めているのは、電子線の細さではない。相互作用体積の大きさである。ビームを 1 nm に絞っても、その先で電子が μm オーダーに広がってしまえば、X線はその広がった範囲から出てくる。

2. 「10 kV を超えるとマイクロメートルのオーダー」― メーカー自身がそう書いている

高加速電圧と相互作用体積の天秤。測りたい元素の内殻電子を確実に励起するには高い電圧が要る一方、体積は μm オーダーに膨張して分解能が悪化する
図解:「10 kV 超では、相互作用体積はマイクロメートルのオーダーになる」(Zeiss 技術資料)

ここは推測で語る必要がない。Carl Zeiss Microscopy の技術資料が、明確に数字で書いている。

The spatial resolution of energy dispersive spectroscopy (EDS) analysis is fundamentally limited by the interaction volume of the characteristic X-ray emission. (EDS 分析の空間分解能は、特性X線放出の相互作用体積によって本質的に制限される)

Typical EDS analysis in an SEM is performed at relatively high energy (> 10 kV), leading to a huge interaction volume in the order of micrometers. (SEM における典型的な EDS 分析は比較的高いエネルギー(10 kV 超)で行われ、マイクロメートルのオーダーの巨大な相互作用体積をもたらす)

― L. Han, Achieving Nano-scaled EDS Analysis in an SEM, Carl Zeiss Microscopy GmbH Technology Note, October 2019

注目すべきは、これが第三者の批判ではなく装置メーカー自身の技術資料の書き出しだという点である。「本質的に制限される」(fundamentally limited)と書き、相互作用体積を「巨大な」(huge)と形容している。

そして、なぜ 10 kV 超で測るのかにも理由がある。特性X線を出させるには、その元素の内殻電子を叩き出せるだけのエネルギーが要る。目安として、励起したい線のエネルギーの 2〜3 倍の加速電圧が要る、という経験則が広く使われている。鉄の Kα は 6.4 keV なので、15〜20 kV が欲しくなる。測りたい元素を確実に励起しようとするほど加速電圧を上げることになり、加速電圧を上げるほど相互作用体積は膨らむ。この二律背反が SEM-EDS の中心にある。

3. では加速電圧を下げればよいのか ― 低 kV の三重苦

低加速電圧の3つの代償。X線発生収率が落ちて計数が稼げない、高原子番号では定量の難しい M線・N線を強いられる、表面感度が高く炭素堆積などの汚れの直撃を受ける
図解:加速電圧を下げれば分解能は上がるが、感度・定量性・試料要求がすべて悪化する

相互作用体積を小さくする最も直接的な方法は、加速電圧を下げることである。実際、専用の検出器を使えば 1 kV まで下げて nm スケールの分解能を実証できる、と同じ Zeiss の資料は述べている。

ただし同じ資料は、その代償を3つ並べている。

  1. 計数が稼げない。低いビームエネルギーでのX線発生収率は非常に低く、分析中の計数率が落ちる。統計が悪ければ、微量成分は見えないし、定量の精度も出ない。
  2. 使える線が変わる。原子番号の大きい元素では、K線やL線を励起できず、M線、場合によっては N線を使わざるを得ない。これらの低エネルギー線は「典型的に複雑な形をしており、定量が非常に難しい」と資料は明言している。
  3. 試料が汚れていると測れない。低エネルギー EDS は表面感度が高いため、「非常に清浄な試料」が要る。電子線照射で表面に炭素が堆積するコンタミネーションは、SEM を使う人なら誰でも知っている現象で、これが低 kV では直撃する。

つまり「加速電圧を下げれば空間分解能が上がる」は正しいが、下げた分だけ、感度・定量性・試料要求が悪化する。ここに万能の設定はなく、何を優先するかの選択があるだけである。

4. 薄くすれば nm に届く ― ただし迷光X線という別の敵が出る

もうひとつの解が、試料を薄くすることである。試料を数十 nm 厚まで薄片化して電子線を透過させれば(透過走査電子顕微鏡=STEM モード)、電子が広がる前に試料を抜けてしまうため、相互作用体積が薄膜の厚みで頭打ちになる。しかも高い加速電圧を使えるので、定量しやすい K線・L線が使える。

Zeiss の資料は実例として、30 kV でメソポーラスシリカ中に埋め込まれた 平均約 10 nm の Co ナノ粒子を個別に分離したマッピングを示している。nm スケールの EDS は、確かに実現できる。

だが、ここでも新しい問題が出る。迷光X線(stray X-ray)である。

STEM 配置では電子の大半が試料を突き抜けて、SEM の内部のあちこちに当たる。するとステージや STEM 検出器から Al・Si の K線が出てきて、EDS 検出器に飛び込む。試料には無い元素が、スペクトルに現れるということだ。

対策として同資料が挙げるのは、EDS 検出器にコリメータを付けて受け入れ角を絞ること、そして試料ホルダを EDS 検出器と装置内部の直視線を遮る位置に置くことである。EDS 検出器の真下に試料ホルダが来て、STEM 検出器がその下に来る配置が最適で、この配置にすると Si と Al の迷光信号が明確に抑えられる、と実測スペクトルで示している。

ここから引き出せる実務的な教訓は普遍的だ。スペクトルに出た元素が、必ずしも試料に由来するとは限らない。この問題は、10 節でもっと厄介な形で再登場する。

5. カタログを読む ― ISO 15632 は 2022 年に何を要求したか

ISO 15632(2022年改訂)が仕様に求める4項目。Mn Kα 5.9 keV、C Kα 0.28 keV、F Kα 0.68 keV のエネルギー分解能と、それを達成する計数率 50,000 cps 以上
図解:低エネルギー側(C・F)の性能明記が、国際規格で必須になった

ここから話は検出器そのものに移る。

EDS 検出器の性能を語るとき、必ず出てくるのが「Mn Kα で 127 eV」といったエネルギー分解能の数字である。これは 5.9 keV にある Mn の Kα 線のピーク幅(半値全幅)を意味し、小さいほどピークが細く、隣り合う元素のピークを分離できる。

この仕様の書き方には国際規格がある。ISO 15632(エネルギー分散型X線分光器の性能パラメータの仕様と検査)で、Oxford Instruments の Simon Burgess による 2024 年 9 月 20 日の解説によれば、2002 年に導入され、2012 年と 2022 年に改訂されている。

そして 2022 年版の 4.2 節は、分解能を3つの線について示すことを求めている。

  • Mn Kα(5.9 keV)の FWHM
  • C Kα(0.28 keV)の FWHM
  • F Kα(0.68 keV)の FWHM
  • そして、それぞれが達成される計数率(少なくとも 50,000 cps 以上での値を記載すること)

なぜ低エネルギー側の 2 本を追加したのか。Burgess の記事は、その理由を数字で説明している。

6. Mn K で 5 % の差が、C K では 35 % に開く

検出器2台の比較表。Mn Kα の分解能は 124 eV と 131 eV で 5 % 差だが、C Kα では 46 eV と 62 eV で 35 % 差が開く
図解:Mn K の数字だけで比較すると、軽元素での実用性能を見誤る

同じ2台の検出器を比べたとき、こうなる、と記事は示す。

比較する線 検出器 A 検出器 B
Mn Kα の分解能 124 eV 131 eV 5 %
C Kα の分解能 46 eV 62 eV 35 %

(出典:S. Burgess, Oxford Instruments, 2024-09-20)

別の検出器の対では C K が 41 eV 対 58 eV、品質の低い検出器では C K が 70 eV に達する例も挙げられている。

つまり Mn K だけを見ると「ほぼ同じ性能」に見える2台が、炭素では 35 % も違う。記事の言葉を借りれば、Mn K 分解能のみの仕様は低エネルギー性能を隠す

これが効くのは、まさに実務で困る領域である。軽元素(C・N・O・F)は、樹脂、有機物、酸化膜、フッ素系材料など、産業の現場で最も頻繁に問い合わせが来る元素群だ。しかも軽元素のピークは低エネルギー側に密集していて、分解能の差がそのままピーク分離の可否になる。

カタログで Mn Kα の数字しか書かれていない検出器は、軽元素性能について何も約束していないということになる。規格が改訂されたのは、この状態を正すためである。

7. 現行機は何を「保証」しているか

現行上位機の保証値。センサー面積 40〜170 mm²、C Kα 46 eV 以下(50,000 cps)、F Kα 59 eV 以下(50,000 cps)、Mn Kα 127 eV 以下(200,000 cps)
図解:分解能の改善はすでに物理的な天井に近い。比べるべきは低エネルギー側の性能とスループット

では 2026 年現在の上位機種は、どう書いているか。Oxford Instruments の Ultim Max Infinity の製品ページには、次の数字が並ぶ。

項目
センサー面積 40 mm² 〜 170 mm²(170 mm² は「世界最大」と表記)
C Kα 分解能 46 eV 以下(50,000 cps まで、全センサーサイズで保証)
F Kα 分解能 59 eV 以下(50,000 cps まで)
Mn Kα 分解能 127 eV 以下(200,000 cps まで)

(出典:Oxford Instruments Ultim Max Infinity 製品ページ)

ISO 15632 が求めた書き方が、そのままカタログになっている。3本の線それぞれについて、値と計数率条件が対になって示されている。規格の改訂がメーカーの表記を変えた、分かりやすい例と言える。

センサー面積の意味も押さえておきたい。面積が大きいほど立体角が稼げ、同じ時間で多くのX線を集められる。これは「速く測れる」だけでなく、低い加速電圧やビーム電流でも統計が確保できることを意味する。3 節で見た低 kV の第一の弱点(計数が稼げない)を、検出器側から埋めにいく方向だと理解すると筋が通る。窓を持たない windowless 型(Ultim Extreme Infinity、100 mm²)が別に用意されているのも、窓による低エネルギーX線の吸収を無くして軽元素をさらに拾うためである。

技術史の視点も添えておく。NIST の Ritchie らによれば、EDS 検出器は登場当初 Mn Kα で 500 eV を超える分解能しかなかった。それが漏れ電流の低減やデッドレイヤーの薄化、電子回路の改良で 約 2,000 cps で 135 eV まで下がり、Si(Li) 検出器とデジタルパルスプロセッサの組み合わせで 5,000 cps で 130 eV に達した。そして SDD(シリコンドリフト検出器)の登場により、桁違いのスループットと、120 eV に迫る分解能 ― Si ベース検出器の理論限界に近い水準が得られるようになった。窓材も Be から窒化ホウ素・ダイヤモンド・ポリマー・窒化ケイ素へと変わり、かつては Na K が実用的な下限だったのが、今日では Be K を日常的に、装置によっては Li K まで検出できる。

分解能の改善はすでに物理的な天井に近い。カタログで比べるべきは Mn K の数 eV の差ではなく、低エネルギー側の性能とスループットである。

8. 標準レス定量は、何を返しているのか

k-ratio 法と標準レス法の比較。前者は標準試料の実測強度で割って ZAF 補正をかけ WDS 同等の確度に届く。後者は装置内モデルとデータベースの推定で代用するため系統誤差が広い
図解:凹凸のある複雑形状では、標準レスの系統誤差が 10 倍以上に達することがある

ここからが本題の第二部、定量の話になる。

EDS のソフトは、スペクトルを取ると即座に「Fe 68.2 %、Cr 18.1 %、Ni 9.4 %……」といった数字を出す。標準試料を測らずに出るこの結果を標準レス定量(standardless quantification)と呼ぶ。

この数字は、何をしているのか。

正統な定量の手順は k-ratio 法である。未知試料の強度を、組成が既知の標準試料の強度で割った比(k比)を取り、そこに ZAF 補正(原子番号効果 Z、吸収 A、蛍光励起 F)などのマトリックス補正をかけて濃度に直す。標準試料を同じ装置・同じ条件で測ることが前提になる。

標準レス法は、この「標準試料の強度」を装置内のモデルと過去のデータベースから推定する。だから標準試料を測らずに済む。手軽さの代償は、推定の誤差がそのまま結果に乗ることである。

NIST の Newbury と Ritchie は、この点を 2013 年の総説(Scanning 35(3), 141-168)で明確に述べている。

  • k-ratio プロトコルに従えば、SEM/EDS は深刻なピーク重なりがある場合でも、十分な計数を記録すれば WDS(波長分散型)と同等の確度と精度に到達できる。しかも WDS より低い電子線量で済む。
  • 一方、標準レス分析は「はるかに広い系統誤差」の影響を受ける。
  • とくに複雑な形状(凹凸のある試料)では系統誤差が非常に大きく、しばしば 10 倍以上に達する。

最後の一点は実務で決定的である。EDS が最も多く使われるのは異物解析や破面解析で、それらの試料はまず平らではない。研磨した平面を前提としたマトリックス補正を、凹凸のある異物に適用している ―― 標準レスの数字を読むときは、この前提のずれを頭に置く必要がある。

もう一点、範囲の話。SEM/EDS が扱えるのは H・He・Li を除く全元素である(これらは特性X線を出さないか、実用的に検出できない)。「炭素より軽いものは苦手」ではなく、「リチウムより軽いものは原理的に無理」が正しい理解になる。

9. 1 mass% を切ると、数字は崩れ始める

NIST の実測値。公称 20 mass% の Ce と 10 mass% の La は誤差 3〜6 %、1 mass% の Dy は誤差 2 %、0.251 mass% の Tb は 69 % 高く出た
図解:1 mass% を切ると、数字の意味が変わる

抽象論では実感が湧かないので、NIST が実際の鉱物標準で測った値を見る。Ritchie・Newbury・Lowers・Mengason による "EDS Microanalysis: Pushing the Limits" は、希土類元素を含む天然鉱物という、ピーク重なりが最悪の部類に入る試料で k-ratio 法の実力を測っている。

モナザイト(NAM)での結果を、期待値からの相対偏差(RDEV)で並べるとこうなる。

元素 公称濃度 RDEV(期待値からの相対偏差)
Ce 約 20 mass% 3 %
La 約 10 mass% 6 %
Nd 約 10 mass% 6 %
Th 約 10 mass% 14 %(標準試料の酸化が原因と推定)
Pr 約 2〜3 mass% 8 %
Sm 約 2〜3 mass% 9 %
Gd 約 2〜3 mass% 2 %
Dy 約 1 mass% 2 %
Tb 0.251 mass% 69 %高

(出典:N. W. M. Ritchie ら, EDS Microanalysis: Pushing the Limits, NIST / USGS)

読み方は明快である。10 mass% 以上の主成分は数 % の誤差で決まり、1 mass% でもまだ 2 % で合う。ところが 0.25 mass% になると 69 % 高く出た。しかもこれは、標準試料を使い、ピーク重なりを承知の上で NIST が丁寧に測った結果である。手元の装置で標準レス定量をかけて出た「0.3 %」が、どの程度の意味を持つかの目安になる。

同じ論文の別の試料(ゼノタイム BS1)では、Si が 600 ± 100 ppm で安定して検出された一方、公称 82.2 ppm の元素と、101.1 ppm の Pb は検出されなかった。分析トータルは 101.4〜101.9 mass% で、これは 100 % からの 1〜2 % のずれが「よく合っている」部類に入ることを示している。

4 種の希土類標準では分析トータルが 99.61〜102.45 mass% に収まったが、最大の誤差は希土類ではなく Al で出た(公称 16.15 mass% に対し相対誤差 7.7 %)。測定した Al を公称値に置き換えてトータルを計算し直すと、102.45 mass% は 100.09 mass% に、100.96 mass% は 99.70 mass% に改善する。トータルのずれのほぼ全部が Al 一元素に起因していたということだ。

ここに実務上の含意がある。分析トータルが 100 % から外れているとき、原因は主成分の側にあることが多い。微量成分を疑う前に、母材の元素を疑うべき場合がある。

10. 検出限界と、検出器自身が作る影

EDS 検出器の断面図。試料から来たX線が検出器の構成材料に当たり、C・Al・Si の内部蛍光を生じて検出限界を 1 桁以上悪化させる
図解:理想条件なら 500 ppm に届くが、C・Al・Si の3元素だけは例外になる

最後に検出限界を見る。

SEM-EDS の検出限界は、一般に 0.1 mass%(1000 ppm)程度とされる。ただし NIST の Newbury らは、条件を整えれば多くの元素で 0.0005 質量分率(500 ppm)まで到達できると報告している(Microsc. Microanal. 23(S1), 2017)。前節の実測でも、REE の検出限界の期待値は 300〜500 ppm と見積もられていた。

そして、この論文の核心はそこから先の但し書きにある。

Elements that occur as materials of construction of the EDS detector, including C, Al, and Si, where unavoidable fluorescence induced during x-ray measurement can substantially raise the limit of detection, often by an order of magnitude or more. (EDS 検出器の構成材料である C・Al・Si については、X線測定中に生じる不可避な蛍光が検出限界を大幅に、しばしば1 桁以上引き上げる)

つまり、炭素・アルミニウム・ケイ素という、実務で最も多く問われる 3 元素について、検出器が自分自身の材料から信号を作ってしまう。試料から出たX線が検出器の窓や構造材に当たれば、そこから C・Al・Si の特性X線が生じ、それが検出される。試料に無くても出るし、試料にあっても「どこまでが試料由来か」が曖昧になる。

4 節で見た STEM 配置の迷光X線と、根は同じである。ただしこちらは配置を変えても消えない。検出器がその材料でできている限り、避けられない。

だから実務では、「Si が 0.1 % 検出されました」という結果を、他の元素の 0.1 % と同じ重みで扱ってはいけない。この 3 元素については、ブランク(同条件で試料の無い場所や、当該元素を含まない標準を測る)を取って、装置がどれだけ作り出すかを自分の装置で把握しておくのが唯一の対処になる。

同じ NIST の資料は、EDS 検出器に固有のアーティファクトとして、コインシデンス(同時入射による和ピーク)、エスケープピーク、内部蛍光、エッジアーティファクト、不完全電荷収集を挙げている。コインシデンスについては、「許容できる計数率」は用途で変わり、強いピークの近くで微量分析をする場合、日常分析で許容される計数率より 1 桁以上低く抑える必要があると述べている。速い検出器を買ったからといって、常に最高計数率で回してよいわけではない。

なお EDS と対比される WDS(波長分散型X線分析)は、分光結晶で波長を選ぶため分解能が桁違いに高く(数 eV〜10 eV 程度)、ピーク対バックグラウンド比が高いぶん、最も低い濃度域では依然として WDS が有利である ―― これも同資料の結論であり、SDD は「1.0 mass% > C > 0.1 mass%」あたりの高めの微量域までは正確に測れるが、最下限では WDS に及ばない、と明記されている。

11. 何に強く、何に向かないか

SEM-EDS の得意・不得意の一覧。得意は見えているものの特定・主副成分の組成・元素マッピング・一次スクリーニング。不得意は微量元素・バルクでの nm 分析・化学状態・結晶構造
図解:不得意な領域には、それぞれ別の手法の領分がある

ここまでを、使い分けの形にまとめる。

SEM-EDS が強い領域

  • 「見えているものが何か」を答えること。像と組成が同じ画面で結びつくのは、他の元素分析法には無い決定的な利点である。異物解析・破面解析・めっき断面の層構成といった用途で、EDS の代わりになる手法はほとんど無い
  • 主成分・副成分(数 mass% 以上)の組成。前節の実測どおり、この領域なら誤差数 % で決まる
  • 元素マッピング。分布を面で捉える用途では、絶対値の確度より相対的なコントラストが効くため、標準レスでも十分に役立つ
  • 未知試料の一次スクリーニング。数分で全元素を俯瞰できる速さは、他に代え難い

SEM-EDS が向かない領域

  • 微量元素の定量(0.1 mass% 未満)。検出限界の壁に加え、C・Al・Si は検出器由来の蛍光が乗る。ppm 域が要るなら ICP-OES や ICP-MS の領分で、そのためには試料を溶かすことになる
  • nm スケールの領域分析(バルク試料のまま)。薄片化するか、加速電圧を下げるか、いずれかの代償を払う必要がある
  • 化学状態の同定。EDS が見るのは内殻の遷移エネルギーで、化学結合の情報はほとんど乗らない。酸化状態や結合状態を知りたいなら XPS の領分になる
  • 結晶構造・多形の区別。組成が同じで構造が違うものは EDS では区別できない。XRD が要る
  • H・He・Li。原理的に検出できない

分析者の視点

3 つだけ、報告書を書く前に確認したい点を挙げる。

第一に、「点分析」の点が、像の上の点と同じ大きさだと思わないこと。15 kV で測っているなら、そのスペクトルは直径 1 μm 前後の体積の平均である。厚さ 200 nm のめっき層に点を置いても、下地の元素が混ざる。粒径 500 nm の異物に点を置いても、周りのマトリックスが混ざる。混ざっていないことを確かめる方法は、加速電圧を変えて測り直し、組成比が動くかどうかを見ることである。動くなら、深さ方向に別のものが入っている。

第二に、標準レスの数字は「比」として使い、「値」として使わないこと。同一条件で測った 2 点の間で「こちらが Cl が多い」と言うのは十分に妥当だが、「Cl が 0.8 mass% 含まれる」と書くには標準試料が要る。NIST の実測で、0.251 mass% の元素が 69 % 高く出たことを思い出したい。

第三に、C・Al・Si の検出は、必ず自分の装置のブランクと突き合わせること。検出器が作る蛍光は装置ごとに違う。「異物から Si が出た」が本当に試料由来かどうかは、同条件で何も無い場所を測れば分かる。これは1回やっておけば以後ずっと使える情報なので、装置を使い始めたときに測っておくのが賢い。

そしてもう一段深い話を付け加えると、検出器のカタログを Mn K だけで比較する時代は終わっている。ISO 15632 が 2022 年に C K・F K・計数率条件の記載を求めたのは、まさにその比較が実態を映さないからだった。装置更新の検討で見積もりを並べるときは、C Kα の分解能と、その値が保証される計数率を必ず聞くべきである。同じ「Mn K 127 eV」でも、C K が 46 eV の機械と 70 eV の機械では、軽元素の仕事の質が変わる。

まとめ

  • SEM の像は数 nm、EDS の分析領域は μm オーダー。同じ電子線を使いながら、両者は違う体積を見ている。これはメーカー自身が技術資料に「本質的に制限される」と明記している事実である
  • 加速電圧を下げれば相互作用体積は縮むが、計数率の低下・M/N線の定量困難・試料清浄度の要求という3つの代償が付く
  • 薄片化した STEM-EDS なら約 10 nm の粒子を分離できるが、装置内部から Al・Si の迷光X線が入る。コリメータと試料ホルダの配置で抑える
  • ISO 15632 は 2022 年改訂で、Mn Kα に加えて C Kα・F Kα と計数率条件の記載を要求した。同じ検出器の対で Mn K の差が 5 % でも、C K では 35 % 開くからである
  • 現行の上位機は、C K 46 eV 以下(50,000 cps)/Mn K 127 eV 以下(200,000 cps)/センサー 40〜170 mm² という形で、規格が求めた書き方をそのまま採用している
  • k-ratio 法(標準試料を使う定量)なら WDS 同等の確度に届く。標準レスは系統誤差がはるかに広く、凹凸のある試料では 10 倍以上になることがある
  • NIST の実測では、10 mass% 級で誤差数 %、1 mass% で 2 %、0.251 mass% で 69 % 高。1 mass% を切ると数字の意味が変わる
  • 検出限界は条件次第で 500 ppm に届くが、C・Al・Si は検出器自身の蛍光で 1 桁以上悪化する。この 3 元素はブランクを取る以外に対処法が無い

用語集

  • 相互作用体積(interaction volume):入射電子が試料内で散乱・減速しながら広がる涙滴形の領域。特性X線はこの体積のほぼ全体から発生するため、EDS の空間分解能を決めるのはビーム径ではなくこの大きさになる。
  • 特性X線:内殻電子が叩き出された穴に外殻電子が落ちるときに放出される、元素固有のエネルギーを持つX線。K線・L線・M線は、穴が空いた殻の名前で呼び分ける。
  • EDS / EDX:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy。X線をエネルギーごとに数えて元素を同定・定量する。半導体検出器1個で全エネルギーを同時に取れるため速い。
  • WDS:Wavelength Dispersive Spectrometry。分光結晶で波長を選んで測る方式。エネルギー分解能が桁違いに高く(数 eV〜10 eV)、微量分析に強いが、1 元素ずつ測るため時間がかかる。
  • SDD(シリコンドリフト検出器):現行 EDS の主流。内部電場で電荷を小さな読み出し電極に集める構造により、高計数率でも分解能を保てる。液体窒素が不要(電子冷却)な点も普及の理由。
  • エネルギー分解能(FWHM):ピークの半値全幅。Mn Kα(5.9 keV)での値で代表させる慣習があるが、ISO 15632:2022 は C Kα・F Kα の併記を求めている。
  • k比(k-ratio):未知試料の特性X線強度を、既知組成の標準試料の強度で割った比。ここにマトリックス補正をかけて濃度に変換するのが正統な定量手順。
  • 標準レス定量(standardless quantification):標準試料を測らず、装置内のモデルとデータベースで標準強度を推定する定量法。手軽だが系統誤差が広い。
  • ZAF 補正:原子番号効果(Z)・吸収(A)・蛍光励起(F)の 3 つを補正してX線強度を濃度に直す手法。試料が平坦であることを前提にしている。
  • RDEV(Relative Deviation from Expected Value):(測定値 − 期待値)/ 期待値 を % で表したもの。本記事の 9 節の表はこの指標で並べている。
  • 迷光X線(stray X-ray):試料以外(ステージ、検出器、鏡筒内部など)から発生して EDS 検出器に入るX線。試料に無い元素のピークとして現れる。

出典

  1. L. Han, "Achieving Nano-scaled EDS Analysis in an SEM with a Detector for Transmission Scanning Electron Microscopy", Technology Note, Carl Zeiss Microscopy GmbH, Germany, October 2019(文書番号 EN_42_013_305)― 相互作用体積による本質的制限、「10 kV 超でマイクロメートルのオーダー」、低エネルギー EDS の3つの制約(収率・M/N線・清浄度)、STEM-EDS での約 10 nm Co ナノ粒子の分離、迷光X線(Al・Si)とコリメータ/ホルダ配置による抑制 https://asset-downloads.zeiss.com/catalogs/download/mic/5b577660-5b62-4ce3-9651-590f57ffd594/EN_wp_Nanoscale_EDS_Analysis_Transmission_SEM.pdf
  2. S. Burgess, "ISO15632 22 years on. What progress have we made specifying EDS detectors?", Oxford Instruments, 2024-09-20 ― ISO 15632 の制定(2002)と改訂(2012・2022)、4.2 節が Mn Kα・C Kα・F Kα と 50,000 cps 以上での計数率条件を要求すること、Mn K 124/131 eV(5 %差)に対し C K 46/62 eV(35 %差)、C K 41/58 eV、低品質検出器の C K 70 eV https://www.oxinst.com/blogs/iso15632-22-years-on.-what-progress-have-we-made-specifying-eds-detectors
  3. Oxford Instruments, Ultim Max Infinity 製品ページ ― センサー面積 40〜170 mm²、C K 46 eV 以下(50,000 cps まで、全サイズ保証)、F K 59 eV 以下(50,000 cps まで)、Mn K 127 eV 以下(200,000 cps まで)、windowless の Ultim Extreme Infinity(100 mm²) https://nano.oxinst.com/products/ultim-max
  4. D. E. Newbury, N. W. M. Ritchie, "Is Scanning Electron Microscopy/Energy Dispersive X-ray Spectrometry (SEM/EDS) Quantitative?", Scanning 35(3), 141-168 (2013), DOI: 10.1002/sca.21041 ― H・He・Li を除く全元素が対象、k-ratio プロトコルにより深刻なピーク重なり下でも WDS 同等の確度・精度に到達、標準レスは系統誤差がはるかに広く複雑形状では 10 倍以上、SDD-EDS の登場による実用化 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/sca.21041
  5. N. W. M. Ritchie, D. E. Newbury, H. Lowers, M. Mengason, "EDS Microanalysis: Pushing the Limits", National Institute of Standards and Technology / U.S. Geological Survey ― 検出器分解能の歴史(初期 500 eV 超 → 135 eV/2,000 cps → Si(Li) 130 eV/5,000 cps → SDD は 120 eV に接近)、窓材の変遷(Be → BN・ダイヤモンド・ポリマー・窒化ケイ素)、Na K から Be K・Li K へ、モナザイト NAM の RDEV(Ce 3 %、La 6 %、Nd 6 %、Th 14 %、Pr 8 %、Sm 9 %、Gd 2 %、Dy 2 %、Tb 0.251 mass% で 69 %高)、ゼノタイム BS1 の Si 600 ± 100 ppm 検出と 82.2 ppm・Pb 101.1 ppm の不検出、REE 標準の分析トータル 99.61〜102.45 mass% と Al の相対誤差 7.7 %、アーティファクト(コインシデンス・エスケープピーク・内部蛍光・エッジ・不完全電荷収集)、微量分析時の計数率制限 https://tsapps.nist.gov/publication/get_pdf.cfm?pub_id=923099
  6. D. E. Newbury, N. W. Ritchie, M. J. Mengason, K. C. Scott, "SEM/EDS Trace Analysis: Limits Imposed by Fluorescence of the Detector", Microscopy and Microanalysis 23(S1) (2017), DOI: 10.1017/S1431927617005797 ― 多くの元素で 0.0005 質量分率の検出限界に到達可能、ただし検出器の構成材料である C・Al・Si は不可避な蛍光により検出限界がしばしば 1 桁以上悪化 https://doi.org/10.1017/S1431927617005797

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未確認・限界

正確を期すため、本記事で確認しきれなかった点を明示する。

  • 相互作用体積の具体的な寸法(例:Si に 20 kV で何 μm)は、本記事では出典のある「マイクロメートルのオーダー」「10 kV 超」という記述に留めた。加速電圧と原子番号から寸法を与える式(Kanaya-Okayama の式など)は広く使われているが、一次資料で数値を確認できていないため、具体的な μm 値は記載していない。
  • 励起電圧の「2〜3 倍」という経験則は分野で広く用いられているが、本記事ではメーカー公式資料や規格でこの数値を直接確認できていない。目安として扱ってほしい。
  • 日本薬局方に SEM-EDS の一般試験法があるかどうかは、本記事では確認していない(XPS の記事では第十九改正日本薬局方の全文検索により XPS の一般試験法が無いことを確認済み)。
  • Bruker・Thermo Fisher・JEOL・日立ハイテクの現行 EDS 検出器の保証値は、公開ページで ISO 15632 準拠の3線の値を確認できなかったため、本記事では比較表を作らなかった。特定メーカーの優劣を示す意図は無く、7 節は「規格が求めた書き方の実例」として Oxford Instruments の公開値のみを引用している。
  • Ritchie らの "EDS Microanalysis: Pushing the Limits" は NIST の公開 PDF から数値を確認したが、掲載誌と発行年を特定できていない。書誌情報が必要な場合は NIST の公開ページを参照されたい。

制作メモ:本記事は web 検索で当たりを付けたうえで、引用したすべての数値について編集側が一次資料(メーカー技術資料・規格解説・NIST 論文)を実際に開いて検証し、執筆した。