元素分析法の全体像 ― AAS・ICP-OES・ICP-MS・XRF は、規制値が決める【2026年版】
元素・表面分析

元素分析法の全体像 ― AAS・ICP-OES・ICP-MS・XRF は、規制値が決める【2026年版】

元素分析には原子吸光(AAS)、ICP発光分光(ICP-OES)、ICP質量分析(ICP-MS)、蛍光X線(XRF)という 4つの主要手法がある。どれを選ぶかは「感度が高いほど良い」という話ではなく、 管理すべき規制値を試料の希釈率で割り戻した濃度を、その装置が定量できるかどうかで決まる。 本記事は第十九改正日本薬局方の一般試験法〈2.63〉〈2.23〉〈2.66〉と ICH Q3D(R2)、USP〈232〉〈233〉を原典で確認し、 さらにメーカー公式の元素別検出下限表を使って、経口製剤の鉛管理を例に必要な検出下限を逆算する。 結果として、ICP-OES はカタログ上の理想条件でも定量限界の要件を満たさない場面があることが数字で出る。 薬局方が装置性能の判定値を ICP にだけ置いている理由も、この計算から見えてくる。

元素分析の装置選定は、他の分析手法とは筋道が違う。

クロマトグラフィーなら「何を分離したいか」から始まる。分光なら「どの官能基を見たいか」から始まる。ところが元素分析では、測りたい元素はたいてい最初から決まっている。鉛、カドミウム、ヒ素、水銀。あるいはパラジウム、ニッケル。問題は「何を測るか」ではなく、「いくらまで下げて測れればいいのか」である。

そしてその「いくら」は、多くの場合、分析者が決めるものではない。規制が決めている。

第十九改正日本薬局方の一般試験法 2.66 元素不純物は、経口製剤中の鉛の許容一日曝露量(PDE)を 5 µg/day と定めている。この数字が、試料の秤取量と定容量を経由して、必要な検出下限に翻訳される。翻訳した結果が装置の性能を上回っていれば、その装置は選べない。それだけの話である。

本記事は、この翻訳を実際に数字でやってみる。結論を先に言うと、経口製剤の鉛管理では、ICP発光分光(ICP-OES)はメーカーカタログの理想条件の値ですら、薬局方の定量限界要件を満たさない。だから公定法に ICP-MS が並んでいる。

この記事の読み方

  • 入門者:1 節と 6 節。4つの手法が何を測っているのか、何が違うのか。
  • 装置を選ぶ人:2〜5 節が本題。規制値から必要な検出下限を逆算する手順。
  • メソッド開発をする人:7〜8 節(干渉)と 11 節(前処理)。
  • 公定法・GMP 下で運用する人:9〜10 節。薬局方が数値を置いた場所と、公定法の範囲。

本記事は元素・表面分析クラスタの総論にあたる。各手法の深掘りは今後の記事で扱う。

1. 元素分析に手法が4つある理由 ― 測っているものが違う

AASは光の吸収で一元素、ICP-OESはプラズマによる発光で多元素、ICP-MSはイオン化と質量分離で多元素、XRFは特性X線で非破壊
図解:4手法は測っているものが違う

まず、4つの手法が物理的に何をしているのかを揃えておく。

原子吸光光度法(AAS) ― 日本薬局方〈2.23〉の定義はこうである。

原子吸光光度法は,光が原子蒸気層を通過するとき,基底状態の原子が特有波長の光を吸収する現象を利用し,試料中の被検元素量(濃度)を測定する方法である.

光源に中空陰極ランプ(測りたい元素そのものを封入したランプ)を使い、その元素だけが吸収する波長の光を出す。だから原理的に一度に一元素である。原子化の方式で三つに分かれる。

  • フレーム方式(FAAS):バーナーで試料溶液を噴霧・原子化。速いが感度は最も低い。
  • 電気加熱方式(GFAAS、黒鉛炉):電気加熱炉で乾燥→灰化→原子化を順に行う。感度は高いが遅い。
  • 冷蒸気方式:水銀専用。還元気化法と加熱気化法がある。

〈2.23〉はさらに、セレンなどのための水素化物発生装置と加熱吸収セルにも触れている。

ICP発光分光分析法(ICP-OES) ― 〈2.63〉の定義。

このプラズマ中に試料溶液を噴霧導入すると,試料溶液中に含有される原子が励起され,このとき生じる原子発光スペクトルの波長及び強度を測定して,元素の同定や定量分析を行う方法をICP発光分光分析法という.

アルゴンプラズマは非常に高温で(PerkinElmer は 最高 10,000 K に達するとしている)、試料中の元素をほぼ完全に原子化する。発光線は元素ごとに多数あるので、分光器で分ければ多元素を同時に測れる

ICP質量分析法(ICP-MS) ― 同じ〈2.63〉が続けて定義する。

ICPは良い励起源であると同時に良いイオン化源でもあることから,検出器として質量分析計を用い,ICPによりイオン化された元素を m/z 値ごとに分離してイオンのピーク強度を測定する

そして〈2.63〉はその位置づけを明言している。

ICP質量分析法は,原子吸光光度法やICP発光分光分析法などの光学的な分析法に代わる元素分析法である.(中略)ICP発光分光分析法に比べ,高感度,同位体分析ができるなどの特長を持つ.

蛍光X線分析法(XRF) ― ここだけ毛色が違う。X線を照射して内殻電子を叩き出し、外殻から落ちてくるときに出る元素固有の特性X線を測る。試料を溶かさない。非破壊で、そのまま測れる。

この最後の一点が XRF の存在理由であり、同時に限界の源でもある。詳しくは 10 節で扱う。

要点:AAS は「その元素の光をその元素に当てる」から一元素ずつ。ICP は「全部まとめて原子化・イオン化する」から多元素同時。XRF は「溶かさない」。この三つの違いが、以降のすべての差につながる。

2. 選択の出発点は「規制値」― ICH Q3D と日本薬局方〈2.66〉

医薬品の元素不純物管理は、ICH Q3D で国際調和されている。現行版は Q3D(R2)(Step 4 は 2022年3月、EU では 2022年9月24日発効)。日本ではこれが第十九改正日本薬局方の一般試験法 2.66 元素不純物として収載されている。米国薬局方では 〈232〉Elemental Impurities—Limits〈233〉Elemental Impurities—Procedures が対応する。

Q3D は元素を毒性と混入確率で3つのクラスに分ける。原文の定義を引く。

  • クラス1As、Cd、Hg、Pb。「human toxicants that have limited or no use in the manufacture of pharmaceuticals」。医薬品製造にはまず使われないが、鉱物由来の添加剤など汎用原料から入ってくる。この4元素は「あらゆる混入源とあらゆる投与経路にわたるリスクアセスメントが必要」。
  • クラス2ACo、Ni、V。混入確率が比較的高いため、クラス1と同様に全面的なリスクアセスメントが必要。
  • クラス2BAg、Au、Ir、Os、Pd、Pt、Rh、Ru、Se、Tl。天然存在度が低く共単離もされにくいため、「意図的に添加しない限りリスクアセスメントから除外してよい」。
  • クラス3Ba、Cr、Cu、Li、Mo、Sb、Sn。経口毒性が低く(PDE は一般に 500 µg/day 超)、経口経路では意図的添加がなければ考慮不要。注射・吸入では経路特異的 PDE が 500 µg/day を超えない限り評価する。

(Q3D は「天然存在度が低い」を ケイ素 10⁶ 原子あたり 1 原子未満と定義している。)

そして PDE の表。日本薬局方〈2.66〉表2.66-1 から、主要な元素を抜き出す(単位 µg/day)。

元素 クラス 経口 注射 吸入 皮膚適用
Cd 1 5 2 3 20
Pb 1 5 5 5 50
As 1 15 15 2 30
Hg 1 30 3 1 30
Co 2A 50 5 3 50
V 2A 100 10 1 100
Ni 2A 200 20 6 200
Tl 2B 8 8 8 8
Pd / Pt / Ir / Os / Rh / Ru 2B 100 10 1 100 ほか
Ag 2B 150 15 7 150
Se 2B 150 80 130 800
Au 2B 300 300 3 3000
Li 3 550 250 25 2500
Cu 3 3000 300 30 3000
Mo 3 3000 1500 10 15000
Cr 3 11000 1100 3 11000

(Co と Ni には、感作性が問題になる場合の皮膚適用製剤の濃度限度 CTCL 35 µg/g が併記されている。Ir・Os・Rh・Ru は皮膚適用製剤の PDE を設定するデータが不十分で、Pd の値を適用する。)

この表を眺めて最初に気づくべきことは、数字の幅が3桁を超えることだ。クロムの経口 PDE 11,000 µg/day はタリウムの 8 µg/day の約 1,400 倍で、必要な感度がまるで違う。「元素分析ができる装置」という一括りは、実務では意味をなさない。

3. 規制値から必要な検出下限を逆算する

PDE 5マイクログラム毎日を10グラム毎日で割って濃度限度0.5マイクログラム毎グラム、0.5グラムを50ミリリットルに定容して目標濃度J 5マイクログラム毎リットル、その0.15倍で必要な検出下限0.75マイクログラム毎リットル
図解:規制値は三段階で必要な検出下限に翻訳される

ここが本記事の中心である。PDE は「1日あたり何 µg まで」という量であって、装置が測る「溶液中の濃度」ではない。翻訳が要る。

翻訳は三段階で進む。

第一段:PDE → 製剤中の濃度限度

USP〈232〉の「個々の成分オプション」は、最大1日投与量 10 g/day を基準に濃度限度の例を示している。単純に PDE を最大1日投与量で割る。

  • 鉛:5 µg/day ÷ 10 g/day = 0.5 µg/g
  • カドミウム:5 ÷ 10 = 0.5 µg/g
  • ヒ素:15 ÷ 10 = 1.5 µg/g
  • 水銀:30 ÷ 10 = 3 µg/g

第二段:製剤中の濃度 → 試料溶液の濃度

日本薬局方〈2.66〉は密閉容器内分解の実例を挙げている。

被験試料 0.5 g5 mL の新たに調製した濃い酸で脱水及び前分解する.ドラフトチャンバー内で緩く覆った状態で30分間静置する.10 mLの濃い酸を追加し,密閉容器内分解手法を用いて,澄明な溶液が得られるまで,分解又は抽出を行う.

この 0.5 g を 50 mL に定容したとする(薬局方は定容量を規定していないので、これは本記事の仮定である)。希釈率は 100 倍になり、試料溶液中の濃度は次のようになる。これが薬局方のいう J(目標濃度)にあたる。

  • 鉛:0.5 µg/g × 0.5 g ÷ 0.05 L = 5 µg/L
  • カドミウム:5 µg/L
  • ヒ素:15 µg/L
  • 水銀:30 µg/L

第三段:必要な検出下限を決める

日本薬局方〈2.66〉は定量試験について、日本独自の規定としてこう定めている。

定量限界は目標濃度の50%以下でなければならない.

つまり LOQ ≤ 0.5 J が要る。検出下限(DL)が 3σ、定量限界(LOQ)が 10σ で定義される慣行に従えば LOQ ≒ 3.33 × DL なので、要求は

DL ≤ 0.15 J、言い換えれば J / DL ≥ 6.7

となる。(この換算は本記事で行ったもので、薬局方に書かれているものではない。)

必要な検出下限は、鉛で 0.75 µg/L、カドミウムで 0.75 µg/L、ヒ素で 2.3 µg/L、水銀で 4.5 µg/L。この数字を持って、次節の装置性能表に向かう。

4. 4手法の検出下限を並べる

クラス1元素の目標濃度と必要検出下限に対し、フレームAASは4元素とも不適合、ICP-OESは鉛だけ不適合、黒鉛炉AASとICP-MSは適合
図解:鉛では ICP-OES が理想条件の値でも要求に届かない

PerkinElmer が公開している元素別検出下限表から、規制対象元素を抜き出す。単位はすべて µg/L98% 信頼水準(3標準偏差)希薄水溶液中の元素標準で測定された値である。

元素 フレーム AAS 冷蒸気/水素化物 黒鉛炉 AAS ICP-OES(軸方向) ICP-MS
Pb 15 0.05 1.3 0.00001
Cd 0.8 0.002 0.1 0.00006
As 150 0.03 0.05 1.0 0.00005
Hg 300 0.006 0.6 1.0 0.001
Ni 6 0.07 0.4 0.00006
V 60 0.1 0.3 0.00001
Cu 1.5 0.014 0.26 0.00001
Cr 3 0.004 0.17 0.00002
Pd 30 0.09 0.5 0.00002
Pt 60 2.0 1.0 0.00007
Se 100 0.03 0.05 1.8 0.0003

前節で求めた必要検出下限と突き合わせる(以下の判定は本記事による計算である)。

元素 J(µg/L) 必要 DL(≤0.15J) フレーム AAS ICP-OES 黒鉛炉 AAS ICP-MS
Pb 5 0.75 15 ✗ 1.3 ✗ 0.05 ✓
Cd 5 0.75 0.8 ✗ 0.1 ✓ 0.002 ✓
As 15 2.3 150 ✗ 1.0 ✓ 0.05 ✓
Hg 30 4.5 300 ✗ 1.0 ✓ 0.6 ✓

結果は明快である。

  1. フレーム AAS は、クラス1元素の管理には4元素すべてで使えない。鉛・ヒ素・水銀にいたっては、目標濃度そのものが検出下限を下回っている(鉛は J = 5 µg/L に対し検出下限 15 µg/L)。測定値が出ないのではなく、測定値が意味を持たない。
  2. ICP-OES は鉛で落ちる。J / DL = 5 / 1.3 = 3.8 で、要求の 6.7 に届かない。しかもこれは軸方向観測・希薄水溶液・理想条件の値である。実際の分解液マトリックス中ではさらに悪化する(5 節)。
  3. 黒鉛炉 AAS は4元素すべてで余裕があるが、一元素ずつしか測れない(6 節)。
  4. ICP-MS は桁違いに余裕がある。

日本薬局方〈2.66〉と USP〈233〉が、公定法として ICP-OES(分析手順1)と ICP-MS(分析手順2)の二つを並べている理由がここにある。ICP-OES だけでは足りない元素があり、ICP-MS だけでは高濃度側で不便だからである。

注意:この計算は「最大1日投与量 10 g/day」「0.5 g を 50 mL に定容」という条件下のものである。1日投与量が小さい製剤なら濃度限度は緩くなり、ICP-OES で十分になる。装置選定は必ず自分の製剤の投与量と秤取条件で計算し直すこと。逆算の手順そのものが本記事の要点であって、上の判定表は一例にすぎない。

5. カタログの検出下限は、実試料の値ではない

IDLはクリーンルームと超純水での装置値、MDLはすべての前処理を含めた実試料値で、約20倍悪化しうる
図解:カタログの検出下限は装置値であって実試料の値ではない

前節の表には、見落としてはならない但し書きがついている。PerkinElmer の脚注を引く。

All detection limits (DLs) are given in μg/L and were determined using elemental standards in dilute aqueous solution. All DLs are based on a 98% confidence level (3 standard deviations). Actual DLs may vary depending on system configuration, matrices, and laboratory conditions.

さらに測定条件が続く。

  • ICP-OES:Avio 550 Max、二方向観測プラズマの軸方向観測、サイクロン型スプレーチャンバー、同心型ネブライザ、多元素同時条件
  • ICP-MS:NexION、クラス10,000 のクリーンルーム、超純水中、積分時間1秒、10回繰り返し
  • 黒鉛炉 AAS:試料量 50 µL、一体型プラットフォーム、完全な STPF 条件

クリーンルームで超純水を測った値である。実験室の空気にも、試薬にも、容器にも、測りたい元素が入っている。

この差を業界では IDL(装置検出下限)MDL(方法検出下限) で区別する。標準物質メーカー Inorganic Ventures の解説によれば、

  • IDL = 3 × SD(校正ブランクを10回以上繰り返した標準偏差)。「理想条件で、装置がブランクのノイズと区別できる最低濃度」
  • MDL = t × SD(EPA 方式。7回繰り返しなら t = 3.143、8回なら 2.998、10回なら 2.821)。「すべての前処理工程を含めた実試料での最低濃度」
  • LOQ = 10 × SD、または 3.3 × MDL

そして同社は率直に書いている。

MDL is always higher, often significantly higher, than IDL

挙げられている例は「IDL が 0.1 µg/L の装置でも MDL は 2 µg/L」という 20 倍の開きである(同社はこれを典型値ではなく説明用の例として示している)。

この 20 倍を前節の表に当てはめると、ICP-OES の適用範囲はさらに狭まる。軸方向観測での鉛 1.3 µg/L が実試料で 5〜20 µg/L になれば、J = 5 µg/L の測定は成立しない。

カタログの読み方:検出下限の数字だけを比べてはいけない。①どの装置構成か(ICP-OES なら軸方向か横方向か)、②どのマトリックスか(超純水か実試料か)、③何σか(3σ か 10σ か)、④IDL か MDL か。この4点が揃わない数字は比較できない。この構図は分光装置の感度仕様とまったく同じである蛍光分光の実務 5 節)。

6. 直線範囲・同時性・スループット・コスト

黒鉛炉AASは1元素2から3分で感度は高いが遅い、ICP系は最大73元素毎分だがアルゴンを常時消費し全溶解固形分0.2%未満の制約がある
図解:感度が足りていても、スループットと制約で落ちることがある

感度だけで装置は決まらない。残りの選択軸を整理する。

多元素同時性とスループット(PerkinElmer のガイドから)

手法 測定のしかた 所要時間
フレーム AAS 基本的に一元素ずつ 1元素の測定に 3〜10秒
黒鉛炉 AAS 一元素ずつ(乾燥→灰化→原子化の熱プログラムが要る) 1元素・1試料あたり 2〜3分
ICP-OES 真の多元素同時 1試料あたり 73元素超/分。ただし数元素だけなら試料ごとのプラズマ平衡に 15〜30秒
ICP-MS 真の多元素同時(3〜285 amu 1試料あたり 最大73元素/分

黒鉛炉 AAS が4元素すべての感度要件を満たしていたことを思い出してほしい。しかし1元素あたり2〜3分ということは、クラス1の4元素だけでも1試料に8〜12分かかる。クラス2A を足せば20分を超える。感度は足りているのに、現実的でない。これが「感度だけでは決まらない」という意味である。

直線範囲

PerkinElmer は ICP-MS について「最大12桁の直線ダイナミックレンジを、希釈なしで単位 ppq から2桁 ppm の濃度域まで」提供するとしている。ICP-OES では横方向(ラジアル)観測が最も高い上限を与え、軸方向(アキシャル)観測は横方向より検出下限を最大10倍改善する。両方を1回の分析で切り替えられるシステムが、最良の検出能力と最も広い測定範囲を両立させる、というのが同社の説明である。

つまり ICP-OES の「軸方向 vs 横方向」は感度と上限のトレードオフであり、前節の検出下限表が軸方向の値であることの裏返しでもある。

コストと運用

PerkinElmer は、単一元素装置(FAAS・GFAAS)が多元素装置(ICP-OES・ICP-MS)より一般に安価だとし、価格帯の比較図では 0〜40万米ドルの軸で4手法を並べている。

運用面では、ICP-MS に固有の制約がある。同社はこう述べる。

Generally, ICP-MS systems require that the total dissolved solids content of a sample be below 0.2% for routine operation and maximum stability

全溶解固形分 0.2% 未満。質量体積比なら 2000 mg/L である。この制約は、高マトリックス試料をさらに希釈することを強い、せっかくの感度を食いつぶす。ICP-MS のメンテナンス負荷が ICP-OES より高いことも同社は明記している(トーチと質量分離部の間にあるインターフェースコーンやイオンレンズを定期的に清掃する必要がある)。

さらに ICP はアルゴンを常時流す。〈2.63〉が定める流量は冷却ガス(プラズマガス)10〜18 L/分、補助ガス 0〜2 L/分、キャリヤーガス 0.5〜2 L/分。つまり毎分十数リットルのアルゴンを、プラズマを点けている間ずっと消費する。AAS にも XRF にもない固定費である。

7. 干渉① ICP-OES ― 物理・イオン化・分光

〈2.63〉は干渉を「共存成分又はマトリックスが測定結果に影響を与えることの総称」と定義し、非分光干渉(物理干渉・イオン化干渉)分光干渉に大別する。

物理干渉 ― 条文の説明はきわめて具体的である。

試料溶液と検量線用標準溶液の粘性,密度,表面張力などの物理的性状が異なる場合,発光部への試料溶液の噴霧効率に差異が生じることから,測定結果がその影響を受けることをいう.

原因は霧化である。ネブライザで作られる液滴の大きさと量が、溶液の物性で変わる。酸濃度が違うだけで発光強度が変わるのはこのためだ。

対処は4つ挙げられている。①干渉が生じない程度まで希釈する、②試料溶液と標準溶液の液性を合わせる(マトリックスマッチング法)、③内標準法(強度比法)、④標準添加法

イオン化干渉

試料溶液中に高濃度の共存元素が存在する場合,それらの元素のイオン化により発生する電子により,プラズマ内の電子密度が増加し,イオン化率が変化することによる影響

ナトリウムやカリウムを大量に含む試料で問題になる。対処は物理干渉と同様だが、〈2.63〉は加えて「光の観測方式、観測高さ、高周波出力及びキャリヤーガス流量などの選択及び調節により、イオン化干渉の少ない測定条件を確保することができる」としている。

分光干渉

分析対象元素の分析線に種々の発光線や連続スペクトルが重なり,分析結果に影響を及ぼす

ICP-OES 最大の弱点である。プラズマ中では各元素が多数の発光線を出すので、鉄やアルミニウムのような主成分元素の線が、微量元素の分析線に重なる。回避は「分光干渉を受けない別の分析線を選択する」ことだが、適当な線がなければ補正が要る。

〈2.63〉はもうひとつ、有機物試料に固有の落とし穴を書いている。

有機物試料の前処理が不十分な場合,試料溶液中の炭素に起因する分子バンドスペクトル(CO,CH,CN など)が分析対象元素の分析線に近接し,干渉することがある.

分解が甘いと、干渉が増える。前処理と干渉は独立の問題ではない(11 節)。

8. 干渉② ICP-MS ― 同重体・多原子イオン・マトリックス

プラズマ由来のアルゴン40と塩酸由来の塩素35が結合してm/z 75の多原子イオンとなり、同じm/z 75のヒ素に重なる
図解:塩酸で分解すると、ヒ素に逃げ場のない干渉が乗る

ICP-MS の干渉は種類が違う。〈2.63〉はスペクトル干渉非スペクトル干渉に分ける。

同重体干渉 ― 質量数が近接する別元素のイオンが重なる。条文の例:

⁴⁰Ca に対する ⁴⁰Ar²⁰⁴Pb に対する ²⁰⁴Hg の重なり

多原子イオン干渉 ― こちらが実務では厄介である。

イオン化源としてアルゴンガスを使用しているため,例えば,Ar に起因する ⁴⁰Ar¹⁶O、⁴⁰Ar¹⁶O¹H、⁴⁰Ar₂ などの多原子イオンが形成され,それぞれ ⁵⁶Fe、⁵⁷Fe、⁸⁰Se の測定に干渉を生じる.

プラズマを作るために使っているアルゴンそのものが、干渉の原因になる。これは ICP-MS の構造的な宿命である。

さらに〈2.66〉は、元素不純物の測定にあたって具体的にこう注記している。

マトリックスによる干渉(例:ヒ素の検出における塩化アルゴンの干渉)を補正するために適切な対策を講じなければならない

ヒ素は単同位体元素で m/z 75 にしかピークを持たない。ところが塩酸で分解した試料では ⁴⁰Ar³⁵Cl が同じ m/z 75 に現れる。逃げ場がない。クラス1元素のヒ素が、最も一般的な分解酸である塩酸と最悪の相性を持っているのだ。

対策として〈2.63〉が挙げるのがコリジョン・リアクションセルである。

コリジョン・リアクションセルと呼ばれる室(セル)を真空内の質量分離部の前に配置し,水素,ヘリウム,アンモニア又はメタンなどのガスを導入することにより,(中略)多原子イオン類による干渉を抑制できる.

非スペクトル干渉には、ICP-MS 特有のマトリックス干渉がある。

多量の共存元素が存在すると測定対象元素のイオンカウント数が一般的に減少する現象である.この傾向は,共存元素の質量数が大きく,その濃度が高いほど,また,測定元素の質量数が小さいほど顕著に表れる.

軽い元素ほど、重いマトリックスに抑制される。〈2.63〉は確認法まで書いている ―― 「未知試料に対して既知量の測定対象元素を添加することで、その回収率から干渉の程度を確認できる」。回収率が低ければ内標準法か標準添加法で補正し、同位体希釈法を用いると非スペクトル干渉の影響を低減できる

9. 薬局方が装置性能の数値を置いたのは、ICP だけ

日本薬局方2.23の原子吸光光度法には判定値がなく、2.63のICP法には質量真度プラスマイナス0.2、酸化物イオン生成比0.03以下、分解能0.9以下がある
図解:薬局方が数値を置いた場所が、その手法の弱点を教える

ここで、条文どうしを並べると奇妙なことに気づく。

日本薬局方〈2.23〉原子吸光光度法には、装置性能の判定値がひとつもない。装置構成、操作法(フレーム/電気加熱/冷蒸気)、定量法(検量線法は3種以上の濃度、標準添加法は3個以上、内標準法)、そして「試験に用いる試薬、試液及びガスは測定の妨げとならないものを用いる」という一文で終わる。

一方、〈2.63〉には数値が並ぶ。

ICP-MS の性能評価 - 質量真度:四重極型の場合 ±0.2 以内が望ましい - 質量分解能:測定ピークの 10% の高さにおけるピーク幅が 0.9 以下が望ましい - 感度:低・中・高質量数の各領域で、1 µg/L (ppb) 当たり数万 cps 程度(積分時間1秒あたり)が望ましい。最適化には ⁷Li・⁹Be・⁵⁹Co・⁸⁹Y・¹¹⁵In・¹⁴⁰Ce・²⁰⁵Tl・²⁰⁹Bi など環境中から汚染しにくい元素を使う - バックグラウンド:天然に存在しない m/z(4、8、220 など)で 10 cps 以下が望ましい - 酸化物イオン生成比:¹⁴⁰Ce¹⁶O⁺ / ¹⁴⁰Ce⁺ が 0.03 以下 - 二価イオン生成比:¹⁴⁰Ce²⁺ / ¹⁴⁰Ce⁺ が 0.05 以下

ICP-OES の性能評価 - 波長分解能:分析線スペクトルの半値幅が一定値以下。低波長側から高波長側まで、通例 As (193.696 nm)、Mn (257.610 nm)、Cu (324.754 nm)、Ba (455.403 nm) の発光線を選ぶ - 操作条件:暖機運転 15〜30分、高周波出力 0.8〜1.4 kW、横方向観測なら測定位置は誘導コイル上端より 10〜25 mm、溶液の吸い上げ量 0.5〜2 mL/分、積分時間 1〜数十秒

システム適合性(両者共通) - 直線性:検量線の相関係数 0.99 以上 - システムの再現性:最低濃度の検量線用標準溶液で 6回繰り返し、相対標準偏差が一定値以下(例として定量試験では 3% 以下、純度試験では 5% 以下) - 規格限度値の濃度は定量限界(10σ)以上であること - 定量分析は検量線法(4種類以上の濃度)、内標準法(同)、標準添加法(4個以上の溶液で3種類以上の添加濃度)、同位体希釈法(ICP-MS のみ)

この非対称には理由がある。酸化物イオン生成比 0.03 以下という要求は、「¹⁴⁰Ce が酸化物になる割合を 3% 未満に抑えられていれば、他の元素の酸化物干渉も同程度に抑えられている」という代理指標である。干渉が微妙で、しかも干渉していることが結果から見えないから、装置の状態を数値で縛る必要がある。AAS は中空陰極ランプで元素を選んでいるぶん、干渉の構造が単純なのだ。

同じ構図を分光の側でも見た。日本薬局方は蛍光光度法〈2.22〉に判定値を置かず、紫外可視吸光度測定法〈2.24〉には置いている(蛍光分光の実務 3 節)。薬局方が数値を置く場所は、その手法の弱点がどこにあるかを教えてくれる。

10. 公定法は ICP-OES と ICP-MS の二つだけ ― では XRF はどこにいるのか

XRFで白黒が明確に判定できるかを分岐に、はいなら終了、いいえならICPへ回すというスクリーニングの流れ
図解:XRF は代替法であり、一次ふるいとして設計する

元素不純物の試験手順について、日本薬局方〈2.66〉と USP〈233〉は同じ構造を持つ。

分析手順1は,一般的に誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES 又は ICP-OES)で検出可能な元素不純物に適用できる.分析手順2は,一般的に誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)による検出が適した元素不純物に適用できる.

公定法はこの二つだけである。AAS も XRF も、名指しで収載されてはいない。

ではそれ以外は使えないのか。使える。USP〈233〉には「ALTERNATE PROCEDURE VALIDATION(代替法のバリデーション)」という節があり、こう書かれている。

If the specified compendial procedures do not meet the needs of a specific application, an alternative procedure may be developed(中略)Any alternative procedure that has been validated and meets the acceptance criteria that follow is considered to be suitable for use.

バリデートして基準を満たせば、どんな手法でもよい。XRF が「薬局方で使える」というのは、この意味においてである。XRF が名指しで収載されているわけではない。第十九改正日本薬局方の一般試験法に「蛍光X線」という語は一度も出てこない(X線を使う一般試験法は 2.58 粉末X線回折測定法のみで、こちらは三薬局方調和済み)。

では、その代替法が満たすべき基準は何か。日本薬局方〈2.66〉の数値を引く。

限度試験 - 検出限界:目標濃度を添加した試料溶液1の3回平均が、1.0 J の標準溶液の平均の ±15% 以内。目標濃度の 80% を添加した試料溶液2は、標準溶液より小さい値を示すこと - 併行精度:6個の独立した試料で 相対標準偏差 20% 以下

定量試験 - 真度:目標濃度の 50〜150% の範囲で3濃度、各3回調製した試料の添加回収率の平均が 70〜150% - 併行精度:6個の独立試料(または3濃度×3回の計9回)で RSD 20% 以下 - 室内再現性:分析日・装置・分析者のいずれかを変えて再実施し、併行精度と合わせて RSD 25% 以下 - 定量限界目標濃度の 50% 以下 - 範囲及び直線性:真度の要件を満たすことで示す

そしてシステム適合性は、両手順とも「システム適合性試験用溶液の理論濃度からの偏差が 20% 以下」。

ここで立ち止まってほしい。回収率 70〜150%、RSD 20%、室内再現性 25%。これは通常の分析法バリデーションから見れば桁違いに緩い。同じ日本薬局方でも、含量試験なら真度は数パーセントの世界である。

この緩さは、痕跡量元素分析の難しさを制度が認めたものだ。µg/L の世界では、容器からの溶出、試薬のブランク、キャリーオーバー、マトリックス抑制がすべて効いてくる。70〜150% という幅は妥協ではなく、現実に到達可能な範囲の宣言である。裏を返せば、「回収率 95% でした」という報告が出てきたら、それが本当かどうかを確かめる価値がある。

XRF に話を戻す。XRF の利点は明快で、装置メーカー Malvern Panalytical はこう述べている ―― ICP 系は危険な酸による溶解が必要で「数時間から数日」かかり「専任の ICP スペシャリスト」を要するのに対し、XRF は「前処理も訓練もほとんど不要」で「非破壊」である、と。

ただしこれは XRF を販売するメーカーの説明であり、検出下限の具体値は同ページに示されていない。前節までの逆算を踏まえれば、XRF が µg/L 相当(固体で µg/g 未満)の領域でクラス1元素を定量できるかは、別途確認すべき事柄である。本記事では XRF の元素別検出下限を一次情報で確認できていない。

現実的な XRF の位置づけは、非破壊・迅速なスクリーニングである。電気電子製品の RoHS 対応では、IEC 62321-3-1「Determination of certain substances in electrotechnical products — Part 3-1: Screening — Lead, mercury, cadmium, total chromium and total bromine by X-ray fluorescence spectrometry」という国際規格が、まさに「スクリーニング」として XRF を位置づけている。XRF は全クロム・全臭素を測るのであって、規制対象である六価クロムや臭素系難燃剤(PBB/PBDE)そのものを区別しない ―― 規格名に「total chromium」「total bromine」と書かれているのはそのためである。

XRF の実務的な使いどころ:白(明らかに合格)と黒(明らかに不合格)を非破壊で高速に振り分け、灰色の領域だけを ICP に回す。ICP の分析キャパシティを守るための一次ふるいと考えるのが最も素直である。

11. 前処理が結果の上限を決める

開放系では水銀・ヒ素・セレンが揮発損失するが、密閉容器内分解なら損失を防げる
図解:密閉容器内分解は、揮発損失を防ぐための選択でもある

どれだけ高性能な装置でも、溶液になる前に元素が失われていれば意味がない。日本薬局方〈2.63〉は前処理をこう規定する。

医薬品原薬などの有機物を試料とする場合は,通例,乾式灰化法又は湿式分解法により有機物を灰化又は分解した後,残留物を少量の硝酸又は塩酸に溶かして試料溶液を調製する.別に,難分解性試料の場合,密閉式の加圧容器中,マイクロ波分解装置を用いて分解することもできる.

〈2.66〉はさらに踏み込み、密閉容器内分解を推している

密閉容器内分解は揮発性不純物の損失を最小限にできる

水銀、ヒ素、セレンは加熱すると飛ぶ。開放系の乾式灰化では、測る前に消える。密閉容器内分解は「難分解性試料のため」だけではなく、「揮発損失を防ぐため」の選択でもある。

そして〈2.66〉は分解の到達点を明示する。

分析手順のバリデーションを行う際には,澄明な溶液が調製されることが望ましい.澄明な溶液が得られない場合は,適切なバリデーションにより試験方法の使用目的に適した回収率が得られることを保証すべきである.

濁りが残っていれば、そこに元素が残っている可能性がある。7 節で見たとおり、分解が不十分だと炭素由来の分子バンドスペクトルが分光干渉も引き起こす。分解の甘さは、感度と正確さの両方を同時に損なう。

試薬と水についても〈2.63〉は数値を置いている。

  • ICP分析用水導電率 1 µS·cm⁻¹(25℃)以下。しかも「その水に含まれる不純物が分析対象元素に干渉しないことを確認しておく必要がある」
  • 試薬類:ICP分析に適した高品質のもの
  • アルゴンガス:液化・圧縮のいずれでもよいが 純度 99.99 vol% 以上
  • 標準溶液:日本薬局方標準液、または公的機関・学術団体により濃度の確認された標準液。干渉を受ける場合は標準溶液の液性を試料溶液と合わせることが望ましい
  • 複数元素の標準溶液を調製する場合は、沈殿や相互干渉を生じない組合せを選ぶ

〈2.66〉が定義する「濃い酸」は、硝酸、硫酸、塩酸、フッ化水素酸、または適切に示された他の酸もしくはそれらの混合物である。ここで 8 節の話が効いてくる ―― 塩酸を選べばヒ素に ⁴⁰Ar³⁵Cl 干渉が乗る。前処理の酸の選択は、干渉の選択でもある。

12. 装置の現況(2026年)

トリプル四重極ICP-MSはQ1で目的質量を選びリアクションセルで多原子イオンを除去しQ3でヒ素75を通す。ICP-OESの軸方向観測は感度重視、横方向観測は上限重視
図解:干渉除去と観測方向が装置選択の焦点になっている

ICP-MS ― 最も動きが速い領域である。

2026年5月22日、Agilent が 9500 トリプル四重極 ICP-MS を発表した。同社の位置づけは「単一四重極 ICP-MS の研究室が、トリプル四重極技術へ移行しやすくすること」で、Air CellAdvanced Helium Mode(AHM) を、独自の Dual-Cell System(DCS) で実現しているとされる。公表されている性能上の主張は 取得時間の 33% 以上削減である。

トリプル四重極(ICP-MS/MS)は、セルの前にもう一つの四重極を置いて、目的の質量だけをセルに入れる構成である。8 節で見た ⁴⁰Ar³⁵Cl のような多原子イオン干渉に対して、単一四重極+コリジョンセルより確実な分離ができる。PerkinElmer も、セル前にフル長の透過用四重極を置くマルチクアッド構成を同様の狙いで説明している。

PerkinElmer 側では NexION 1100(2024年 analytica で発表)と Avio 3000 ICP-OES が近年の投入機種にあたる。同社の現行ラインアップは、フレーム AA の PinAAcle 500、AA の PinAAcle 900 シリーズ、水銀専用の FIMS 100/400、ICP-OES の Avio 220 Max / Avio 550・560 Max、ICP-MS の NexION 1000 / 2000 / 5000 という構成である。

ICP-OES ― Agilent 5800、Thermo Fisher iCAP PRO XP Duo、Analytik Jena PlasmaQuant 9200 シリーズなどが現行機。技術的な焦点は軸方向と横方向の両観測の使い分けと、高マトリックス試料への耐性にある。

XRF ― Rigaku、Bruker、Malvern Panalytical、島津製作所、日立ハイテクが主要供給者。波長分散型(WDXRF)とエネルギー分散型(EDXRF)に分かれ、WDXRF は分解能とわずかな軽元素感度で優れ、EDXRF は多元素同時測定と装置の小型化で優れる。ハンドヘルド XRF は RoHS スクリーニングや金属材料の判別で定着している。

注記:本節の製品情報はメーカーの発表資料および製品ページに基づく。Agilent の公式ページは本記事の執筆時に取得できなかったため、9500 ICP-MS については同社のニュースリリースを報じた複数の業界メディアの内容に依拠している。個別機種のスペック値は本記事では検証していないので、選定時は必ず最新のカタログを取り寄せること。

13. 分析者の視点

(1) 装置選定は、感度の比較ではなく規制値の逆算から始める。PDE → 製剤中濃度限度 → 秤取量と定容量による希釈 → 試料溶液中の J → 必要 DL(≤ 0.15 J)。この順で計算すれば、候補は自動的に絞られる。3 節の手順を自分の製剤の数字でやり直すこと。

(2) カタログの検出下限を、そのまま使わない。クリーンルームの超純水で測った IDL である。実試料の MDL は一桁以上悪くなりうる。最低でも「J / カタログ DL ≥ 20」くらいの余裕を見ておくと、メソッド開発で行き詰まりにくい(この余裕の取り方は本記事の経験則であって、規格に基づくものではない)。

(3) 感度が足りていても、スループットで落ちることがある。黒鉛炉 AAS は感度で勝つが1元素2〜3分。クラス1+クラス2A の7元素で1試料20分近くかかる。「測れるか」と「回せるか」は別の問いである。

(4) 分解酸の選択は、干渉の選択である。塩酸を使えばヒ素に ⁴⁰Ar³⁵Cl が乗る。硫酸を使えば粘性が上がって物理干渉が増える。前処理を決めてから装置条件を考えるのではなく、両方を同時に設計する。

(5) 回収率が良すぎたら疑う。〈2.66〉が許容するのは 70〜150%。この幅は現実的な到達範囲の宣言である。全元素で 98〜102% が出たら、スパイクが試料調製のに入っているか(〈2.66〉は「被験試料には、試料調製法の手順を実施する前にスパイク溶液を添加しなければならない」と明記している)をまず確認する。

(6) ブランクを制御できないうちは、感度を上げても意味がない。ICP分析用水は導電率 1 µS·cm⁻¹ 以下、アルゴンは 99.99 vol% 以上。ICP-MS の性能は、試薬と環境の清浄度で頭打ちになる。装置を上位機種にする前に、水と酸と容器を見直すほうが効くことが多い。

(7) XRF は「測る」より「振り分ける」道具として設計する。非破壊・前処理不要は強力だが、公定法ではなく代替法である。IEC 62321-3-1 が XRF を「スクリーニング」と位置づけ、「全クロム」「全臭素」と明記していることの意味を、そのまま受け取るのがよい。

(8) 多元素プロファイルを取っておく。〈2.63〉は「多数の元素の同時分析が可能なことから、無機元素のプロファイル分析を行い、およその濃度を知ることにより、原薬などの品質確保を図ることができる」としている。ICP を持っているなら、規格元素だけでなく全体像を定期的に記録しておくと、原料変更やトラブル時の切り分けが速い。

まとめ

  • 元素分析の装置選定は「必要な検出下限」で決まる。そしてその値は多くの場合、規制値と試料の希釈率から一意に決まる(2〜3 節)。
  • ICH Q3D(R2) はクラス1(As・Cd・Hg・Pb)、2A(Co・Ni・V)、2B(Ag・Au・Ir・Os・Pd・Pt・Rh・Ru・Se・Tl)、3(Ba・Cr・Cu・Li・Mo・Sb・Sn)に分類する。経口 PDE はタリウム 8 µg/day からクロム 11,000 µg/day まで約 1,400 倍の幅がある(2 節)。
  • 逆算の例:経口・最大1日投与量 10 g/day、0.5 g を 50 mL に定容とすると、鉛の J は 5 µg/L。必要 DL は 0.75 µg/L。フレーム AAS(15 µg/L)は目標濃度が検出下限を下回り、ICP-OES(軸方向 1.3 µg/L)も要求に届かない(3〜4 節)。
  • カタログの検出下限はクリーンルームの超純水で測った IDL であり、実試料の MDL とは「しばしば大幅に」違う(5 節)。
  • 感度だけでは決まらない。黒鉛炉 AAS は感度で勝つが1元素2〜3分。ICP は 73元素/分だがアルゴンを毎分十数リットル消費し、ICP-MS は全溶解固形分 0.2% 未満を要求する(6 節)。
  • 干渉の構造が手法ごとに違う。ICP-OES は物理・イオン化・分光干渉。ICP-MS は同重体(⁴⁰Ar↔⁴⁰Ca)、多原子イオン(⁴⁰Ar¹⁶O↔⁵⁶Fe)、そして塩酸分解でヒ素に乗る ⁴⁰Ar³⁵Cl(7〜8 節)。
  • 薬局方が装置性能の数値を置いたのは ICP だけ。〈2.23〉AAS には判定値がなく、〈2.63〉には質量真度 ±0.2、酸化物イオン比 0.03 以下、バックグラウンド 10 cps 以下などが並ぶ。数値が置かれている場所が、その手法の弱点である(9 節)。
  • 公定法は ICP-OES と ICP-MS の二つだけ。XRF は代替法の枠で、バリデートすれば使える。判定基準は回収率 70〜150%、RSD 20%、室内再現性 25%、定量限界は目標濃度の 50% 以下という、通常の分析法バリデーションから見れば桁違いに緩いもの ―― これは痕跡量元素分析の難しさの制度的な表現である(10 節)。
  • 前処理が上限を決める。密閉容器内分解は揮発損失を防ぐ選択でもあり、分解が甘ければ炭素由来の分子バンドが分光干渉を起こす(11 節)。

元素分析は、測りたいものが最初から決まっている代わりに、どこまで下げられるかがすべてを決める分野である。装置カタログの検出下限を眺める前に、自分の規制値を希釈率で割ってみること。それだけで、選択肢はたいてい一つか二つに絞られる。

用語集

用語 意味
PDE(許容一日曝露量) Permitted Daily Exposure。その元素不純物を毎日摂取しても健康を害さないとされる1日あたりの量(µg/day)
J(目標濃度) 薬局方の試験手順で、評価対象の元素不純物の許容限度に相当する試料溶液中の濃度
CTCL 皮膚適用製剤で感作性が問題になる場合の濃度限度(µg/g)。Co と Ni に 35 µg/g が設定されている
IDL / MDL 装置検出下限/方法検出下限。IDL は理想条件、MDL は前処理を含む実試料での値
軸方向観測/横方向観測 ICP-OES でプラズマを見る向き。軸方向は検出下限が最大10倍良く、横方向は測定上限が高い
コリジョン・リアクションセル 質量分離部の前に置き、He・H₂・NH₃・CH₄ などを導入して多原子イオン干渉を抑える室
ICP-MS/MS(トリプル四重極) セルの前にもう一つの四重極を置き、目的質量だけをセルへ通す構成。干渉除去の確実性が上がる
同重体干渉 質量数が近接する別元素のイオンが重なる干渉(例:⁴⁰Ca に対する ⁴⁰Ar)
多原子イオン干渉 プラズマ中で生成した分子イオンが重なる干渉(例:⁴⁰Ar³⁵Cl が m/z 75 でヒ素に重なる)
マトリックスマッチング法 標準溶液の液性(酸種・酸濃度・共存塩)を試料溶液に合わせて物理干渉を打ち消す手法
同位体希釈法 天然と異なる同位体組成の濃縮同位体を添加し、同位体比の変化から濃度を求める。ICP-MS 専用で非スペクトル干渉に強い
密閉容器内分解 密閉加圧容器中で濃い酸により試料を分解する前処理。揮発性元素の損失を最小化できる
全溶解固形分(TDS) 溶液中に溶けている固形分の総量。ICP-MS はルーチン運転で 0.2% 未満が求められる
WDXRF / EDXRF 波長分散型/エネルギー分散型の蛍光X線分析。前者は分解能、後者は多元素同時性と小型化に優れる

出典

  1. 第十九改正日本薬局方 一般試験法 2.63 誘導結合プラズマ発光分光分析法及び誘導結合プラズマ質量分析法(厚生労働省告示第193号、2026年4月10日告示・適用) — https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689414.pdf
  2. 第十九改正日本薬局方 一般試験法 2.66 元素不純物(同上 PDF) — PDE 表2.66-1、試料調製法、分析手順1・2、バリデーション要件
  3. 第十九改正日本薬局方 一般試験法 2.23 原子吸光光度法(同上 PDF)
  4. 第十九改正日本薬局方 一般試験法 2.58 粉末X線回折測定法(同上 PDF) — X線を使う唯一の一般試験法であることの確認に使用
  5. 収載ページ(PMDA) — https://www.pmda.go.jp/rs-std-jp/standards-development/jp/0260.html
  6. ICH Q3D(R2) Guideline for Elemental Impurities(Step 4、2022年3月8日) — https://database.ich.org/sites/default/files/Q3D-R2_Guideline_Step4_2022_0308.pdf
  7. European Medicines Agency「ICH Q3D Elemental impurities — Scientific guideline」(Step 5 Revision 2、2022年9月24日発効) — https://www.ema.europa.eu/en/ich-q3d-elemental-impurities-scientific-guideline
  8. USP 38–NF 33 General Chapter 〈232〉 Elemental Impurities—Limits — https://www.drugfuture.com/Pharmacopoeia/usp38/data/v38332/usp38nf33s2_c232.html
  9. USP 38–NF 33 General Chapter 〈233〉 Elemental Impurities—Procedures — https://www.drugfuture.com/Pharmacopoeia/usp38/data/v38332/usp38nf33s2_c233.html
  10. PerkinElmer「Atomic Spectroscopy — A Guide to Selecting the Appropriate Technique and System」 — 元素別検出下限表(Part 1・2)、技術決定マトリクス、スループット、価格帯。掲載元 https://pepolska.pl/app/uploads/2024/08/Guide-to-Atomic-Spectroscopy-Techniques-Systems.pdf /製品ページ https://www.perkinelmer.com/library/bro-atomic-spectroscopy-a-guide-to-selecting-the-appropriate-technique-and-system.html
  11. Inorganic Ventures「IDL, MDL & LOQ Explained: Detection Limits for ICP-OES & ICP-MS」 — https://www.inorganicventures.com/blog/idl-mdl-loq-detection-limits-icp-oes-icp-ms
  12. Malvern Panalytical「Comparing ICP-MS, ICP-OES and XRF techniques for elemental impurity testing of pharmaceuticals」 — https://www.malvernpanalytical.com/en/learn/knowledge-center/insights/comparing-icp-ms-icp-oes-xrf-elemental-impurity-testing-pharmaceuticals
  13. Hitachi High-Tech Analytical Science「Analyzers for hazardous substances — RoHS screening simplified」(IEC 62321-3-1 の位置づけ) — https://hha.hitachi-hightech.com/en/campaigns/analyzers-for-hazardous-substances-rohs-screening-simplified/
  14. IEC 62321-3-1(Determination of certain substances in electrotechnical products — Part 3-1: Screening — Lead, mercury, cadmium, total chromium and total bromine by X-ray fluorescence spectrometry) — https://webstore.iec.ch/en/catalogsearch/result/?q=IEC%2062321-3-1
  15. Agilent Technologies「Agilent Unveils the 9500 ICP-MS: Redefining Trace Element Analysis」(2026年5月22日) — 一次ページは取得できず、投資家向けリリース https://www.investor.agilent.com/news-and-events/news/news-details/2026/Agilent-Unveils-the-9500-ICP-MS-Redefining-Trace-Element-Analysis/default.aspx および業界メディアの報道による
  16. PerkinElmer「Launching the NexION 1100 at analytica 2024」 — https://www.perkinelmer.com/corporate-and-newsroom/launching-the-nexion-1100-at-analytica-2024
  17. PerkinElmer「Introducing the Avio 3000」 — https://www.perkinelmer.com/corporate-and-newsroom/analytica/avio-3000-a-new-benchmark-for-high%E2%80%91throughput-cost%E2%80%91efficient-icp%E2%80%91oes
  18. Thermo Fisher Scientific「Quadrupole ICP-MS Systems」/「iCAP PRO XP ICP-OES Duo」 — https://www.thermofisher.com/us/en/home/industrial/mass-spectrometry/inductively-coupled-plasma-mass-spectrometry-icp-ms/quadrupole-icp-ms-systems.html
  19. Rigaku「Compare All WDXRF Products」 — https://rigaku.com/products/xrf-spectrometers/wdxrf/compare-products
  20. Malvern Panalytical「XRF Analyzers / XRF Spectrometers」 — https://www.malvernpanalytical.com/en/products/category/x-ray-fluorescence-spectrometers

関連記事

未確認・限界

  1. 本記事の逆算(3 節)は本記事による計算である。「最大1日投与量 10 g/day」は USP〈232〉が例として示す値、「0.5 g」は日本薬局方〈2.66〉の分解例に基づくが、「50 mL に定容」は本記事が置いた仮定である。また LOQ ≒ 3.33 × DL という換算も本記事によるもので、薬局方に明記されたものではない。実務では必ず自分の条件で計算し直すこと。
  2. USP〈232〉〈233〉は USP38–NF33 版を参照した。USP の現行版は購読が必要なため確認できていない。現行版では ICH Q3D との調和に伴い PDE 値や記載が変更されている可能性がある(実際、日本薬局方〈2.66〉表2.66-1 には USP38 版にない皮膚適用製剤の PDE と CTCL が含まれ、カドミウム吸入 3 µg/day、ニッケル吸入 6 µg/day など値が異なる項目がある)。本記事の PDE 表は日本薬局方〈2.66〉の値を採った。
  3. XRF の元素別検出下限を一次情報で確認できていない。4 節の比較表に XRF の列がないのはこのためである。XRF の定量性能については別記事で扱う。
  4. Agilent の公式製品ページ・技術資料は取得できなかった(HTTP 403)。同社の ICP-OES/ICP-MS の比較資料や 9500 ICP-MS の詳細スペックは本記事では検証していない。12 節の記述はニュースリリースの報道内容にとどまる。
  5. IEC 62321-3-1 の本文は購読が必要で、規格名と位置づけのみを確認した。スクリーニングの具体的な判定閾値(合格/判定不能/不合格の境界値)は本記事では扱っていない。
  6. RoHS 指令の各物質の制限値(ppm)は本記事では扱っていない。一次情報にあたれていないためである。
  7. PerkinElmer の検出下限表は同社製品での測定値であり、他社装置の性能を代表するものではない。手法間の桁の比較には使えるが、機種選定にそのまま使ってはならない。
  8. 日本薬局方〈2.66〉の三薬局方調和状況(◇◇ で示される日本独自規定がどこまでか)は、本記事では個別に追跡していない。「定量限界は目標濃度の 50% 以下」は ◇◇ で囲まれた日本独自規定である点のみ確認した。
  9. 表面分析(XPS・AES・ToF-SIMS・SEM-EDS)は本記事の範囲外である。本記事は「元素・表面分析」カテゴリの総論のうち、溶液系・バルク系の元素定量に絞っている。

制作メモ:本記事はディープリサーチで文献・製品情報を収集したうえで、編集側が第十九改正日本薬局方の一般試験法 PDF(厚生労働省公開)、ICH Q3D(R2) ガイドライン本文、USP〈232〉〈233〉全文、メーカー公式の検出下限表をすべて直接開いて確認し、原典に当たれなかった項目は「未確認・限界」に明示して執筆した。収集資料に含まれていた URL を持たない生成文書(手法比較の総括表など)に由来する記述は、帰属を検証できないため全面的に不採用とした。3 節・4 節の逆算は本記事独自の計算であり、根拠となる数値の出所と置いた仮定を本文中に明記している。