注射剤のバイアルに、何かが浮いている。
この時点で分析者に降ってくる問いは、いつも同じ三つである。それは何か。どこから来たか。この製品はどうするか。
ところが、日本薬局方を開いても、USP を開いても、その一つ目に答える方法が書かれていない。局方が決めているのは、どれくらいの明るさで、どんな背景で、何秒見るかと、10 µm 以上の粒子が1容器に何個までかである。「それが何であるか」を決める一般試験法は、少なくとも日本薬局方には存在しない。
この記事は、その空白を埋めるために使う道具 ―― FTIR 顕微鏡・ラマン顕微鏡・SEM-EDS・O-PTIR ―― を、どういう順番で、何を基準に選ぶかという話である。
この記事の読み方
前半(1〜5節)は制度側の話で、局方と当局が何を要求し、何を要求していないかを原典で確認する。ここを読むと、なぜ手法選択が分析者の責任になるのかが分かる。
後半(6〜13節)は手法側で、粒子径・水・蛍光・真空という物理的な制約から、どの手法がどこで効くかを数値で決める。手法そのものの原理は FTIR徹底解説・ラマン分光徹底解説・SEM-EDS徹底解説 に譲り、ここでは異物という一点物の試料に当てたとき何が起きるかだけを扱う。
急ぐ人は 6 節の表と 14 節の手順だけでも足りる。
1. 局方が決めているのは、照度と背景と秒数である
第十九改正日本薬局方〈6.06〉注射剤の不溶性異物検査法の第1法は、全文がほぼこれだけである。
容器の外部を清浄にし,白色光源の直下,2000 〜 3750 lx の明るさの位置で,肉眼で白黒それぞれの色の背景において約5秒ずつ観察するとき,たやすく検出される不溶性異物を認めてはならない.
プラスチック製水性注射剤容器の場合は、上部と下部に白色光源を置いて 8000 〜 10000 lx で観察する、という但し書きが続く。用時溶解・用時懸濁する製剤に適用する第2法は、同じ照度で「明らかに認められる不溶性異物を含んではならない」となる。点眼剤の〈6.11〉は 3000 〜 5000 lx で「澄明で、たやすく検出される不溶性異物を認めない」。
つまり局方が規定しているのは、照明・背景・時間という観察条件と、「たやすく検出される」という判定語だけである。粒子の正体には一切触れていない。
補足しておくと、〈6.06〉には三薬局方(日・米・欧)調和の但し書きが付いていない。隣の〈6.05〉注射剤の採取容量試験法にも、次に見る〈6.07〉にも「本試験法は,三薬局方での調和合意に基づき規定した試験法である」と明記されているのに、〈6.06〉だけが無い。目に見える異物の検査は、国際調和されていない領域である。
2. 「何個あるか」は、二つの方法で別々の答えが出る
〈6.07〉注射剤の不溶性微粒子試験法は、逆にきわめて具体的である。第1法(光遮蔽粒子計数法)と第2法(顕微鏡粒子計数法)があり、判定値はこうなっている。
| 100 mL 以上(1 mL 当たり) | 100 mL 未満(1容器当たり) | |
|---|---|---|
| 第1法 光遮蔽 10 µm 以上 | 25 個以下 | 6000 個以下 |
| 第1法 光遮蔽 25 µm 以上 | 3 個以下 | 600 個以下 |
| 第2法 顕微鏡 10 µm 以上 | 12 個以下 | 3000 個以下 |
| 第2法 顕微鏡 25 µm 以上 | 2 個以下 | 300 個以下 |
第1法を優先し、規定値を超えたら第2法で試験する ―― という二段構えになっている。100 mL 未満の 6000 個/600 個という値は USP〈788〉および〈787〉と一致しており、ここは確かに調和されている。
注目すべきは、局方が二つの方法の関係について書いている一文である。
光遮蔽粒子計数法と顕微鏡粒子計数法は異なった特性を測定しているため,それらの結果は同等ではなく,互換性はない.
同じ試料に二つの公定法を当てると、違う数字が返る。局方はそれを承知のうえで、判定値も別に置いている(第2法のほうが厳しい)。タンパク質医薬品の分野では、光遮蔽法とフローイメージング法の計数が 10 倍以上違うことがあると報告されている(Optical Imaging and Spectroscopic Characterization of Subvisible Particles in Protein Therapeutics)。屈折率が水に近い粒子は、光を遮らないので光遮蔽法には写らないからである。
3. 顕微鏡法は、タンパク質粒子を「数えない」と書いてある
〈6.07〉第2法にはもう一つ、見落とされやすい除外規定がある。
無定形,半固体,又はメンブランフィルター上の汚れ若しくは変色したように見える形状が不明瞭なものについては,大きさや数は測定しない.これらの物質は平らで表面の凹凸がほとんどなく,側面より光を照射しても陰が生じず,ゼラチン状又はフィルム様の外観を呈している(例えば,タンパク質や脂肪微粒子).そのような物質の微粒子数の測定には,第1法が役立つ.
顕微鏡法は、タンパク質凝集体や脂肪粒子を数えてはいけないと明記されている。そして 2 節で見たとおり、その第1法(光遮蔽)は屈折率の近い粒子を取りこぼす。
バイオ医薬品でいちばん問題になる粒子は、第1法では見えにくく、第2法では数えることを禁じられている。これが公定法の現状である。
ついでに書いておくと、粒子径測定法である〈3.05〉レーザー回折・散乱法には、こんな一文がある。
試料中へ混入した異物を識別することはできないし,顕微鏡法による補完的な裏付けがなければ,分散粒子とそれらのアグロメレイトを識別することもできない
局方は、自分の粒子径測定法が「識別」をしないことを、はっきり宣言している。
4. 可視と不可視の境界は、技術の限界で引かれている
ここで、USP の Stimuli 論文(Narhi ら、2021年5月3日公開)に移る。Stimuli とは、USP の改訂プロセスに問題提起する公開論文で、著者は Genentech・Biogen・AstraZeneca・I-Mab と NIST の研究者である。タイトルは「Filling the Pharmacopeial Gaps of Visual Inspection」―― 目視検査の、薬局方の穴を埋める。
この論文は、ポリスチレン標準粒子を注入した実験の集積から、目視の検出確率をこう整理している。
| 粒子径 | 人間の検出確率 |
|---|---|
| 50 µm 未満 | 5 % 未満 |
| 50〜100 µm | 70 % |
| 200 µm 超 | 95 % 超 |
そして続けて書く。
The lower limit for visible particles is not defined in the compendia and is decided by each organization (可視異物の下限は局方に定義されておらず、各組織が決めている)
各社は Knapp 試験(検査員集団の検出確率を粒子径の関数として記録する試験)を自社で実施し、受け入れる確率のしきい値を決める。論文いわく、その下限は「usually between 100 and 200 μm」である。
いっぽう不可視微粒子側の光遮蔽法は、上限が 約 100 µm である。両者は重ならない。
Particles between 50 and 150 μm fall into the gray zone between visible and subvisible particles (50〜150 µm の粒子は、可視と不可視のあいだの灰色地帯に落ちる)
論文は、この帯の粒子が検査員には「もや(haze)」や「振ったあとのきらめく竜巻(sparkling tornado)」として見えると書いている。数えるには大きすぎ、確実に見るには小さすぎる。
そして、この論文でもっとも重い一文はこれである。
The current classification of subvisible and visible particles is solely based on the limitations of the available technology and does not rely on any scientific understanding of differences in biological consequences or impact to patients. (可視と不可視という現行の区分は、利用可能な技術の限界だけに基づいており、生物学的影響や患者への影響についての科学的理解には依拠していない)
10 µm と 25 µm という局方の刻みも、100 µm という目視の下限も、患者の体の中で何かが変わる境界ではない。装置が測れる範囲の縁である。
5. 当局は「局方に適合するだけでは足りない」と書いた
FDA は 2021 年 12 月に、ドラフトガイダンス「Inspection of Injectable Products for Visible Particulates」を出した(2026 年 8 月時点でまだ Draft Level 1 のままで、最終化されていない)。その趣旨説明は、次の二文に集約される。
addresses the development and implementation of a holistic, risk-based approach to visible particulate control that incorporates product development, manufacturing controls, visual inspection techniques, particulate identification, investigation, and corrective actions
meeting an applicable United States Pharmacopeia (USP) compendial standard alone is not generally sufficient for meeting the current good manufacturing practice (CGMP) requirements for the manufacture of injectable products (適用される USP の公定基準を満たすだけでは、注射剤製造の CGMP 要件を満たすには一般に十分ではない)
particulate identification(異物の同定)が、当局の求める要素として名指しされている。そして局方適合は十分条件ではない、と明言されている。
これは抽象論ではない。近年のウォーニングレターを見ると、指摘は具体的である。
Pharmathen International S.A.(723680、2026年5月27日)
Your firm also failed to investigate failures to meet in-process acceptance criteria for visible particulates. You lacked an adequate investigation for the failure of your (b)(4) injection sterile drug product to meet your visible particulate rejection limit
When categorizing visible particles, extrinsic or foreign matter should receive special attention, as it may indicate possible insanitary or microbial contamination.
同社の回答は「routine particle identification(日常的な粒子同定)」を含む視覚検査プログラムの重要性を認める、という内容だった。
Amneal Pharmaceuticals, LLC(709894、2025年8月27日)は、さらに直接的である。硬膜外投与される注射剤に白い繊維が入っていた事案で、FDA はこう書いた。
Your investigations found that the polypropylene bags were the source of the visible white fibers
It is unacceptable to increase lot acceptance specifications to excessive levels to enable use of unsuitable polypropylene bags received from your supplier. (不適格なポリプロピレン袋を使い続けるために、ロット受入規格を過大な水準まで緩めることは容認できない)
K.C. Pharmaceuticals, Inc.(729870、2026年8月12日)では、
Your firm's inadequate visual inspection program provides insufficient assurance to prevent release of (b)(4) drug products with particulate matter or foreign material defects.
Amneal の事案の構造を見てほしい。繊維の同定はできていた。ポリプロピレン袋だと分かっていた。分かったうえで、規格のほうを緩めた。同定は調査の終点ではなく、そこから何をするかを決める分岐点である。
6. 1本のバイアルから、3種類の異物が出る
手法の話に入る前に、実例を一つ置いておきたい。
2021 年 6 月 30 日、Teva はトポテカン注射液の 1 ロット(31328962B)を自主回収した。きっかけは 1 本のバイアルについての苦情で、そこに入っていたのは ――
- ガラス片
- 灰色のシリコーン片
- 無色透明の綿繊維
の 3 つだった。同じ年、ICU Medical は乳酸リンゲル液を「酸化鉄」の混入で回収している。回収告知に材質名が書かれているということは、同定が済んでいるということである。
そして、この 3 つは同じ手法では同定できない。ガラス片は元素比を見るしかない(SEM-EDS)。シリコーンと綿繊維は分子振動を見るしかない(FTIR かラマン)。SEM-EDS でシリコーンと綿繊維を測れば、どちらも「C と O が主」という似た答えになって区別がつかない。
異物分析の手法選択とは、要するに手元の一点物に、どの物理量を当てるかを決める作業である。
7. まず粒子径で決まる ― 回折限界という壁
顕微分光の空間分解能は、レイリー基準
d = 0.61 × λ ÷ (n × NA)
で決まる。λ は使う光の波長、NA は対物レンズの開口数、n は媒質の屈折率(空気なら 1)。波長が長いほど、分解能は悪くなる。
Kansiz らは Microscopy Today 28(3) 26-36 (2020) で、代表的な三方式についてこの値を計算している。
At 1000 cm⁻¹, the theoretical spatial resolutions of the FT-IR, QCL IR, and O-PTIR microscopes are 12.2, 8.7, and 0.416 μm, respectively, assuming a 532 nm probe laser for the O-PTIR microscope
赤外分光がよく使う 1000 cm⁻¹ は波長 10 µm である。ここに NA を入れると、FTIR 顕微鏡の理論分解能は 12 µm 前後にしかならない。
この三つの値を式に戻して開口数を逆算すると、それぞれ NA = 0.500 / 0.701 / 0.780 を仮定していることが分かる(0.61×10÷12.2 = 0.500、0.61×10÷8.7 = 0.701、0.61×0.532÷0.416 = 0.780)。つまり FT-IR と O-PTIR の 29.3 倍の差は、波長の比 18.8 倍と開口数の比 1.56 倍の積である(18.80 × 1.56 = 29.32)。差のほとんどは、レンズではなく波長が作っている。
同じ式に、共焦点ラマンでよく使う NA 0.9 を入れると、こうなる(筆者による計算)。
| 励起波長 | d = 0.61λ/NA(NA 0.9) |
|---|---|
| 532 nm | 0.36 µm |
| 785 nm | 0.53 µm |
| 1064 nm | 0.72 µm |
ラマンは FTIR より 1 桁以上細かいところを見られる。理由は単純で、可視光を使っているからである。
実務上のサイズ範囲としては、次の値が報告されている(Optical Imaging and Spectroscopic Characterization of Subvisible Particles in Protein Therapeutics の技術一覧表)。
| 手法 | 粒子径範囲 | 主な制約(原文) |
|---|---|---|
| 光遮蔽(LO) | 約 2〜100 µm | 屈折率の低い/半透明な粒子を過小計数する |
| フローイメージング(FIM) | 約 1〜100 µm | 約 2 µm 未満で過小計数、化学的同定は限定的 |
| ラマン顕微 | 約 0.5〜100 µm | 信号が本質的に弱い、蛍光がスペクトルを覆う、測定に時間がかかる |
| IR/FTIR 顕微 | 約 3〜100 µm | 水の吸収が強い、空間分解能は数 µm、乾燥または薄膜化が必要、スループットが低い |
8. FTIR 顕微鏡 ― 有機物には強いが、接触と乾燥を要求する
FTIR 顕微鏡は、有機物の同定では依然として第一選択である。C=O、N–H、C–H、Si–CH₃ といった官能基がそのまま出るので、ポリマーの種類、繊維の素材(セルロースかポリエステルか)、シリコーン油、脂肪酸といった判別に強い。ライブラリも最も充実している。
弱点は三つある。
第一に、水である。赤外領域では水が非常に強く吸収するので、溶液中の粒子をそのまま測ることができない。ろ過して乾かすか、薄膜にする必要がある。乾かした時点で、粒子の状態は元と同じではないことに注意がいる。可逆的な粒子 ―― たとえば界面活性剤の加水分解で生じる遊離脂肪酸は室温保存で消えることがある、と Narhi らも書いている ―― は、乾燥の過程で見失われうる。
第二に、接触である。微小な異物は ATR(全反射測定)で測ることが多いが、ATR は結晶(IRE)を試料に押し付ける測定である。Kansiz らの記述はこうだ。
the IRE of the ATR accessory or microscope objective must be in intimate contact with the sample... Applying too much pressure may cause damage to both the sample and/or the IRE
押し付けが弱ければスペクトルが出ず、強すぎれば試料も結晶も壊れる。しかも幾何学的に届かない場所がある。
These samples could not be measured with traditional FT-IR methods since the ATR objective would have been obstructed before contact with the contamination occurred. (これらの試料は従来の FT-IR 法では測定できなかった。異物に接触する前に ATR 対物が遮られてしまうからである)
窪みの底や溝の中にある異物には、ATR の結晶が物理的に届かない。これは分解能の問題ではなく形の問題なので、装置を良くしても解決しない。
第三に、大きさである。7 節のとおり理論分解能が 12 µm 前後なので、それより小さい粒子は周囲の基材のスペクトルと混ざる。異物のスペクトルにフィルター膜由来のピークが乗って、ライブラリ検索が別のものを返す ―― という事故は、この帯で起きる。
9. ラマン顕微鏡 ― 水に強く、ガラス越しに測れる
ラマンは、FTIR の弱点をほぼ裏返しに埋める。
水が邪魔をしない。水はラマン散乱が弱いので、溶液中の粒子をそのまま測れる。乾かさなくてよいということは、乾燥で変質する粒子を、変質させずに測れるということでもある。
容器を開けなくてよい。ガラスはラマン励起光を通すので、バイアル越しに測定できる場合がある。
IR spectroscopy requires sample preparation whereas Raman spectroscopy can be performed through sample vials or packets(Sterlitech)
異物分析では、これが効く場面がある。バイアルを開けた瞬間に環境から新しい異物が入り込む可能性があり、「開ける前に測れる」という選択肢は調査の信頼性そのものを上げる。無菌製剤なら、開封すれば無菌性の議論も終わってしまう。
分解能が 1 桁細かい。7 節のとおり、サブミクロンの領域に届く。
そのうえで、ラマンには一つ、決定的な弱点がある。
10. 蛍光に負ける ― そして逃げると信号を失う
ラマン散乱は極端に弱い信号である。試料や不純物がわずかでも蛍光を出すと、その連続的な背景に埋もれて消える。
Kansiz らが報告しているのは、まさにその失敗例である。
Raman microspectroscopy could have provided the spatial resolution required for such an analysis, but the dark color and strong fluorescence prevented effective chemical analysis of the weld defect with Raman microscopy. (ラマン顕微分光はこの解析に必要な空間分解能を持っていたが、暗い色と強い蛍光が有効な化学分析を妨げた)
分解能は足りていた。蛍光で負けた。異物分析でいえば、黒い粒子・褐色の粒子・ゴム片・生物由来のものは、この理由でラマンが効かないことがある。
対策は励起波長を長くすることである。JASCO の比較はこうなっている。
| 励起波長 | 蛍光の様子(原文) |
|---|---|
| 532 nm | 強い蛍光のため「the Raman peaks associated with the molecular structure are almost undetectable」 |
| 785 nm | 「the fluorescence is reduced and Raman peaks are weakly observed」 |
| 1064 nm | 「baseline elevation due to fluorescence is strongly suppressed」 |
ただし、逃げるとその分を必ず支払う。同じ資料が書いているとおり、
the intensity of Raman scattered light is approximately inversely proportional to the fourth power of the excitation wavelength (ラマン散乱光の強度は、励起波長の4乗にほぼ反比例する)
この関係から計算すると、532 nm を 1 としたときの散乱強度は、785 nm で 0.21 倍(約 1/4.7)、1064 nm で 0.062 倍(約 1/16)になる(筆者による計算)。しかも 7 節の式から、1064 nm では空間分解能も 0.36 µm → 0.72 µm と 2 倍に悪くなる。
蛍光から逃げるということは、感度と分解能を同時に売り渡すということである。このトレードオフの一般論は FTIR とラマンの使い分け と ラマン分光徹底解説 で扱った。異物分析に固有なのは、逃げ切れなかったときに代替手段があるかどうかが、粒子の材質によって変わる点である。有機物なら FTIR に戻れる。無機物なら SEM-EDS がある。
11. SEM-EDS ― 元素は分かるが、有機物は区別できない
無機物・金属・ガラスの異物では、SEM-EDS が主役になる。像は電子で作るので形態は極めて細かく見え、EDS は含まれる元素を返す。ステンレス摩耗粉なら Fe・Cr・Ni が、ガラス片なら Si・O とアルカリ/アルカリ土類元素が出る。元素の組み合わせは供給源を強く示唆するので、根本原因調査では決定力がある。
ただし制約も明確である。Gateway Analytical の Landsperger と Exline は、自動 SEM-EDS の限界をこう書いている(Inhalation, April 2019)。
The particle being evaluated must contain a significant contribution from an inorganic element; or should be the only solid component in the formulation... The sample must also be able to undergo preparation for placement inside the SEM chamber, under vacuum. Therefore, liquid samples cannot be analyzed by SEM without additional preparation.
Samples often require gold-coating, using a sputter coater during sample preparation
整理すると、SEM-EDS を選ぶときに引き受けるものは三つある。
- 無機元素が入っていなければ、答えが返らない。有機物はどれも C・O・(N)に見えるので、シリコーンと綿繊維とポリエステルを区別できない。
- 真空に入れられなければならない。溶液のままでは測れず、ろ過・乾燥が要る。揮発性のものは失われる。
- 導電化が要る場合がある。非導電性試料は金や炭素をスパッタする ―― つまり試料に別の元素を足す。炭素をコートすれば炭素の議論ができなくなり、金をコートすれば金のピークが立つ。
そしてもう一つ、SEM-EDS徹底解説 で詳しく書いた点をここで繰り返しておく。像は nm でも、EDS が返す情報は相互作用体積 ―― 15 kV なら直径 1 µm 前後 ―― の平均である。粒径 500 nm の異物に点を置いても、周りの基材が混ざる。異物が小さいほど、EDS の答えは「異物と台紙の混合物」に近づく。
同じ理由で、C・Al・Si の検出には特に注意がいる。EDS 検出器はこれらの元素を自分の構造材として含んでおり、試料に無くても信号が出うる。「異物から Si が出た=ガラス」と即断する前に、同条件で何も無い場所を測ったブランクと突き合わせる必要がある。
12. 相関スコアは、粒子が小さくなると落ちる
「同定できた」という言葉には、実は連続的な階調がある。ラマンのライブラリ検索は相関スコア(0〜1)を返すので、それが粒子径とともにどう変わるかを実測した報告がある。
Morphologically-Directed Raman Spectroscopy as an Analytical Method for Subvisible Particle Characterization in Therapeutic Protein Product Quality は、既知の ETFE 標準粒子について、こう報告している。
| 粒子径 | 平均相関スコア |
|---|---|
| 25 µm 以上 | 0.90 |
| 10〜25 µm | 0.83 |
| 5〜10 µm | 0.65 |
そして論文の言葉は「The chemical correlation scores generally decrease, as particle size decreases.(粒子径が小さくなるにつれ、化学的相関スコアは概して低下する)」である。
素性が完全に分かっている標準粒子ですら、5〜10 µm では 0.65 まで落ちる。同じ研究でタンパク質性粒子の相関スコアは 0.35(Vectibix)〜0.66(Rituxan)だった。
もう一つの報告(Root cause analysis investigation of visible particulates in therapeutic protein drug products...)は、可視異物(100〜400 µm)を対象に、インスリンリスプロ 197 粒子・リツキシマブ 67 粒子を解析している。そこでの観察はこうだ。
The intensity of Raman spectral peaks varied with VP size, transparency, morphological complexity, and between therapeutic protein drug classes
大きさだけでなく、透明度と形の複雑さでも信号が変わる。
実務上の含意ははっきりしている。社内 SOP で「相関スコア 0.8 以上を同定とみなす」といった固定のしきい値を置くなら、そのしきい値は粒子径帯ごとに妥当性を確認しないと機能しない。10 µm の粒子に 25 µm 用のしきい値を当てれば、正しく同定できているものを「不明」に落とす。
13. O-PTIR ― 回折限界の外側に出る
FTIR の分解能が波長で縛られているなら、測る波長と、見る波長を分ければよい。それが O-PTIR(光熱赤外分光)の発想である。赤外光で試料を加熱し、その熱膨張を可視のプローブレーザー(532 nm)で読む。分解能を決めるのはプローブ側なので、赤外の波長に縛られない。
Kansiz らの計算で 0.416 µm。FTIR の 12.2 µm に対して 29 倍細かい。しかも非接触なので、8 節で見た ATR の「押し付け」と「届かない」の両方が消える。同じ場所からラマンスペクトルを同時に取得できる構成もある。
この論文自体、ハードディスク製造ラインの 10 µm 未満の有機汚染の解析事例である。5 µm 径の粒子、10 µm × 2 µm の粒子の同定例が示されている。医薬品の異物ではないが、「小さすぎて FTIR が効かず、暗すぎてラマンが効かない」領域を埋める道具という位置づけは共通している。
導入コストは相応にかかるので、すべてのラボに要るものではない。ただ、灰色地帯(4 節)とその下の帯で繰り返し「不明」が出ているなら、装置更新の検討対象に入れる価値がある。
14. 実務のフロー ― どの順に触るか
以上を、実際に手を動かす順序に落とす。
第一段階:触る前に記録する。位置、大きさ、色、形、光沢、動き方。バイアルを振ったときの挙動(沈む/舞う/糸を引く)まで写真と動画で残す。Narhi らも、画像・分光データ・振ったあとの動画を含む粒子ライブラリを社内に作ることを勧めている。この段階で失った情報は二度と戻らない。
第二段階:開けずに測れるかを考える。ラマンでバイアル越しに測れるなら、まずそれを試す。開けた瞬間に環境由来の異物が混入する可能性が生じ、無菌性の議論も終わる。
第三段階:分離する。開ける必要があるなら、層流キャビネット内で。〈6.07〉が試験環境について定める要求(微粒子試験用水で洗浄し、ブランクで環境を確認する)は、同定作業でもそのまま通用する。ブランクを取らずに分離した異物のデータは、後で必ず疑われる。
第四段階:非破壊の順に当てる。光学顕微鏡 → ラマン(非接触・非破壊)→ FTIR(乾燥・接触が要る)→ SEM-EDS(真空・導電化=ほぼ不可逆)。逆順に走ると、後戻りできなくなる。金をコートしてしまえば、その粒子でもう一度ラマンを測ることは難しい。
第五段階:答えが「一つの手法で出た」かを疑う。6 節のトポテカンのように、一本のバイアルから複数種の異物が出ることがある。ラマンで「セルロース」と出たからといって、その粒子に無機物が付着していないとは限らない。
分析者の視点
三つだけ書いておきたい。
第一に、報告書には「同定できた」ではなく「何をどう測って、どこまで言えるか」を書くこと。相関スコア 0.65 と 0.90 は、同じ「一致」ではない。12 節のとおりスコアは粒子径で系統的に動くので、粒子径と手法とスコアを併記しないと、後から誰も評価できない。局方が判定条件を書いていない領域だからこそ、自分の判定条件を明示する責任が分析者側にある。この構図は、粉末X線回折 で NIST が「受入基準の決定は末端ユーザーの責任」と書いていたのと同じである。
第二に、灰色地帯(50〜150 µm)で「不明」が続くなら、それは分析の失敗ではなく制度の穴だと認識すること。Narhi らが USP に新章を提案したのは、まさにこの帯に共通の枠組みが無いからである。装置を替える前に、まず自社の目視下限がどこにあるかを Knapp 試験で把握しているかを確認したほうがよい。下限を知らずに「目視で見えたが局方の微粒子試験では規格内」という報告を書くと、その二つが同じ物差しの上にないことを説明できなくなる。
第三に、同定は終点ではない。Amneal の事案(5 節)では、白い繊維がポリプロピレン袋由来だという同定は成立していた。FDA が問題にしたのは、そのあと受入規格を緩めたことである。「何であるか」が分かった瞬間に、次の問いは必ず「では、それが入らない工程をどう作るか」になる。分析者の仕事はここで製造側に渡るが、渡す情報の質が、渡された側の選択肢を決める。「白い繊維」と書くのと「ポリプロピレン繊維、直径約 20 µm、包装材と同一スペクトル」と書くのとでは、次に起きることが違う。
まとめ
- 日本薬局方が異物について定めているのは、観察条件(2000〜3750 lx・白黒背景・約5秒)と個数の上限(10 µm 以上/25 µm 以上)である。「それが何か」を決める一般試験法は存在しない。
- 〈6.06〉は三薬局方調和の対象外。〈6.07〉は調和されているが、光遮蔽法と顕微鏡法は「同等ではなく、互換性はない」と局方自身が書いている。しかも顕微鏡法はタンパク質粒子を数えることを禁じている。
- 目視の検出確率は 50 µm 未満で 5 % 未満、50〜100 µm で 70 %、200 µm 超で 95 % 超。目視の下限は各社が決めており(通常 100〜200 µm)、光遮蔽法の上限は約 100 µm。50〜150 µm は灰色地帯である。
- USP の Stimuli 論文は、可視/不可視という区分が「利用可能な技術の限界だけに基づいており、患者への影響の科学的理解に依拠していない」と明記した。
- FDA は「USP 公定基準を満たすだけでは CGMP には一般に十分でない」と書き、particulate identification を求める要素に挙げている。実際のウォーニングレターでも、調査の不備が具体的に指摘されている。
- 手法選択は粒子径と材質で決まる。FTIR 顕微は理論分解能 12 µm 前後・要乾燥・要接触、ラマンは 0.36〜0.72 µm・水に強くガラス越しに測れるが蛍光に負ける、SEM-EDS は元素のみで有機物を区別できず真空と導電化が要る、O-PTIR は 0.416 µm で非接触。
- 触る順番は、非破壊から不可逆へ。記録 → 非接触 → 分離 → ラマン → FTIR → SEM-EDS。
用語集
- 不溶性異物:注射剤中の、目視で検出される異物。日本薬局方〈6.06〉が有無を検査する。
- 不溶性微粒子:目視より小さい粒子。〈6.07〉が 10 µm 以上/25 µm 以上の個数を規定する。
- 光遮蔽粒子計数法:粒子が光を遮った量から粒径と個数を求める方法。〈6.07〉第1法。屈折率が液に近い粒子を取りこぼす。
- extrinsic / intrinsic / inherent:異物の由来による分類。extrinsic は工程外(毛髪・虫・繊維など、最高リスク)、intrinsic は工程・容器由来(ガラス・ゴム・シリコーン油)、inherent は製剤そのもの由来(タンパク質凝集体)。欧州薬局方は inherent を intrinsic に含める。
- Knapp 試験:検査員集団の検出確率を粒子径の関数として求める試験。各社の可視異物の下限はこれで決まる。
- 回折限界:レイリー基準 d = 0.61λ/(n·NA)。波長が長いほど分解能は悪くなる。
- 相関スコア:ラマン/IR のライブラリ検索が返す一致度(0〜1)。粒子径が小さくなると系統的に低下する。
- O-PTIR:光熱赤外分光。赤外で加熱し可視レーザーで熱膨張を読むため、分解能が赤外の波長に縛られない。
- ATR:全反射測定。結晶を試料に密着させて測る。押し付けが必要で、届かない形状がある。
- 相互作用体積:電子線が試料内で広がる領域。EDS の情報はこの体積の平均であり、SEM 像の分解能とは一致しない。
出典
- 第十九改正日本薬局方 一般試験法〈6.06〉注射剤の不溶性異物検査法/〈6.07〉注射剤の不溶性微粒子試験法/〈6.11〉点眼剤の不溶性異物検査法/〈3.05〉レーザー回折・散乱法による粒子径測定法(厚生労働省告示第193号、2026年4月10日適用)― 全文PDF
- L. O. Narhi, G. M. Bou-Assaf, K. Gonzalez, M. Mazaheri, S. K. Messick, S. N. Telikepalli, "Filling the Pharmacopeial Gaps of Visual Inspection: Toward Standardization and Consistency of Visible Particle Testing", Stimuli to the Revision Process, USP Pharmacopeial Forum(2021年5月3日公開)― NIST 公開PDF
- USP〈1790〉Visual Inspection of Injections ― 無料公開部分
- M. Kansiz, C. Prater, E. Dillon, et al., "Optical Photothermal Infrared Microspectroscopy with Simultaneous Raman – A New Non-Contact Failure Analysis Technique for Identification of <10 μm Organic Contamination in the Hard Drive and other Electronics Industries", Microscopy Today 28(3), 26-36 (2020), DOI 10.1017/s1551929520000917 ― PMC8039913
- "Optical Imaging and Spectroscopic Characterization of Subvisible Particles in Protein Therapeutics" ― PMC12900661
- "Morphologically-Directed Raman Spectroscopy as an Analytical Method for Subvisible Particle Characterization in Therapeutic Protein Product Quality" ― PMC10665318
- "Root cause analysis investigation of visible particulates in therapeutic protein drug products using morphologically directed Raman spectroscopy" ― PMC12657923
- FDA, Draft Guidance for Industry "Inspection of Injectable Products for Visible Particulates"(2021年12月、Draft Level 1)― FDA ガイダンス検索ページ
- FDA Warning Letter — Pharmathen International S.A., 723680(2026年5月27日)/ Amneal Pharmaceuticals, LLC, 709894(2025年8月27日)/ K.C. Pharmaceuticals, Inc., 729870(2026年8月12日)
- Teva Pharmaceuticals, "Teva Initiates Voluntary Nationwide Recall of One Lot of Topotecan Injection 4 mg/4 mL (1 mg/mL) Due to Presence of Particulate Matter"(2021年6月30日)― プレスリリース
- E. Landsperger, D. Exline (Gateway Analytical), "Applications of automated scanning electron microscopy—energy dispersive spectroscopy (SEM-EDS) for inhalable drug products", Inhalation, April 2019
- JASCO「1064 nm 励起によるラマン分光測定で蛍光の影響を回避する」― 解説ページ
- Sterlitech, "Optimizing substrates for IR/Raman spectroscopy" ― ブログ
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未確認・限界
- FDA ドラフトガイダンスの原典 PDF は編集側から取得できなかった(fda.gov は 403/404 を返す)。本文で引用した2文は、FDA 自身の告知、HHS のガイダンスポータル、および West Pharmaceutical Services の白書がいずれも同一文で引用しているものを採った。節番号やページ番号は確認していない。
- ウォーニングレター3件の逐語引用も、原典ページを編集側で直接開けていない。文書番号・日付・指摘の主題は独立したウェブ検索で二経路一致を確認したが(Pharmathen は輸入警告に至った経緯の報道、Amneal は査察日 2025年3月10〜19日・グジャラート工場という報道が一致)、引用文そのものの原典再確認は行っていない。
- USP〈790〉〈1790〉〈787〉〈788〉の本文は購読者限定で、読めたのは導入部のプレビューのみである。〈787〉の 6000 個/600 個という値は二次資料(PMC12900661)由来だが、日本薬局方〈6.07〉B の値と一致することは原文で確認した。
- 欧州薬局方 2.9.19/2.9.20/5.17.2 の原文は取得していない。本文中の欧州薬局方への言及は、すべて Narhi らの Stimuli 論文の記述を経由している。
- 7 節の開口数の逆算と、10 節の散乱強度比、7 節の NA 0.9 での分解能は、いずれも筆者が原典の式に数値を入れて計算したものである(
d = 0.61λ/(n·NA)、および「強度は励起波長の4乗に反比例」という JASCO の記述)。原典にその値が書かれているわけではない。 - ディープリサーチが返した「FTIR 実用下限 15〜20 µm」「316L の元素比 Fe/Cr/Ni/Mo」「ガラスラメラは Si・O・微量 Na/Ca」といった記述は、URL を持たない生成文書に帰属していたため採用していない。本文の SEM-EDS の記述は、Gateway Analytical の記事と当ブログの SEM-EDS徹底解説 で原典確認済みの内容だけに絞った。
- O-PTIR の適用例として引いた Kansiz らの論文はハードディスク・電子部品産業の事例であり、注射剤の異物での検証例ではない。分解能の数値は装置の原理から来るものなので分野を越えて成り立つが、医薬品の異物に適用した公表データは本記事では確認していない。
制作メモ:ディープリサーチで収集(105件、うち URL を持たない生成文書1件は不採用)→ 編集側で日本薬局方 PDF・USP Stimuli 論文・PMC 論文・ベンダー資料を直接開いて検証のうえ執筆。分解能と散乱強度の数値は原典の式から筆者が計算した。