UV-Vis 分光光度計は、分析機器のなかで最も簡単な部類とされる。溶液をセルに入れ、波長を指定してボタンを押す。0.523 という数字が出る。それを検量線に当てはめて濃度を出す。
だが、この 0.523 は装置が測った量ではない。
装置が測っているのは、参照側を通った光と試料側を通った光の強度の比である。吸光度はその比の常用対数にマイナスを付けたもので、計算で作られた数字にすぎない。
そして、その計算に入る強度比のほうは、すべて人が選んだ条件の上に乗っている。
- スリット幅(スペクトルバンド幅) ―― 広すぎれば吸光度は小さく出る
- セル ―― 材質で測れる波長が決まり、光路長の公差がそのまま誤差になる
- 校正の状態 ―― 波長がずれていれば、そもそも違う波長を測っている
日本薬局方〈2.24〉が定める許容差は、吸光度で ±0.002(0.500 以下のとき)である。3桁目を保証しろということで、これは「簡単な装置」に対する要求としては相当に厳しい。
本記事は、この数字が何に依存しているのかを、原典で確認しながら実務の順に並べる。分光全体の中での UV-Vis の位置づけは 分光分析の全体像 を参照されたい。
この記事の読み方
- 入門者:1 節。吸光度とは何か。
- メソッドを作る人:2〜4 節が本題。スリット幅とセル。
- 公定法・査察に関わる人:5〜7 節。〈2.24〉の要求値と標準物質。
- 急ぐ人:9 節のチェックリスト。
数値はすべて原典(薬局方対応の白書・メーカーの技術資料)を開いて確認している。
1. 装置が測っているのは「強度比」である

UV-Vis の測定系は単純である。光源から出た光を分光器で単色に近い光にし、試料と参照をそれぞれ通し、検出器で強度を測る。
得られるのは 透過率 T = I / I₀(試料を通った光の強度と、参照を通った光の強度の比)であり、吸光度はそこから
A = −log₁₀ T
として計算される。装置の中に「吸光度計」は存在しない。
ここを押さえると、以降の話がすべて素直に理解できる。
- 強度比を歪めるものは、すべて吸光度を歪める
- 対数変換なので、強度比のわずかな誤差が、吸光度の桁によって効き方を変える
- 参照側の条件(セル、溶媒、汚れ)は、試料側と同じだけ効く
「セルは対で使う」「参照には同じ溶媒を入れる」という基本が守られるべき理由は、精度の問題ではなく定義の問題である。
2. 吸光度はスリット幅で変わる

最初の落とし穴がこれである。同じ試料を同じ装置で測っても、スリット幅を変えると吸光度が変わる。
装置が取り出す光は完全な単色ではなく、ある幅を持っている。この幅をスペクトルバンド幅(SBW, spectral bandwidth)という。分光器のスリットから出る光について、cphnano の解説はこう定義する。
The width of the wavelength of light at half the maximum intensity of the light leaving the monochromator. (分光器から出る光の、最大強度の半分における波長の幅)
一方、測ろうとしている吸収帯そのものにも幅がある。これが固有バンド幅(NBW, natural bandwidth)で、吸収帯の最大吸収の半分における幅である。
SBW が NBW に対して大きすぎると、ピークがなまって吸光度が低く出る。幅の広い光でピークを掃くので、ピーク頂点の値が周囲の低い値と混ざるためである。同解説はこう書く。
A lower spectral bandwidth/natural bandwidth ratio, such as 0.1 or less, corresponds to higher accuracy (スペクトルバンド幅と固有バンド幅の比が 0.1 以下のように低いほど、確度は高くなる)
同解説によれば、この条件で吸光度測定は 99.5% 以上の確度に達する。
実務的な指針は明快である。
- 測ろうとする吸収帯の幅を見て、その 1/10 以下の SBW を選ぶ
- 医薬品の芳香環由来の吸収帯は幅が広いことが多く、1〜2 nm の SBW で足りることが多い
- 逆に、狭ければ狭いほど良いわけではない。SBW を狭めると通る光量が減り、ノイズが増え、測定時間が延びる
そして最も重要な帰結。メソッドに SBW を書いていなければ、その測定は再現できない。装置を変えたときに吸光度が合わない原因の上位がこれである。
注意:SBW と NBW の関係および 99.5% という数値は、上記メーカー系解説の記述に基づく。日本薬局方〈2.24〉がスペクトルバンド幅そのものを数値で規定しているかどうかは、本記事では条文を確認できていない(制作メモ参照)。
3. セルの材質が、測れる波長を決める

次の落とし穴はセルである。セルの材質で、測れる波長の下限が決まってしまう。
セルメーカー Hellma の技術資料が示す、材質ごとの透過範囲(空セルでの値)はこうなる。
| 材質 | 透過範囲 | 透過率 |
|---|---|---|
| 高性能石英(QS) | 200〜2500 nm | 82% 超 |
| 石英(QX、拡張) | 200〜3500 nm | 82% 超 |
| 石英(UV) | 260〜2500 nm | 80% 超 |
| 特殊光学ガラス(OS) | 320〜2500 nm | 80% 超 |
| ホウケイ酸ガラス(BF) | 330〜2500 nm | 80% 超 |
| 光学ガラス(OG) | 360〜2500 nm | 80% 超 |
読みどころは一点に尽きる。
紫外部を測るなら石英以外にありえない。医薬品の定量でよく使う 254 nm、280 nm といった波長は、光学ガラス(360 nm 以上)でもホウケイ酸(330 nm 以上)でもそもそも光が通らない。特殊光学ガラス(320 nm 以上)でも届かない。
「吸光度が異常に高い」「ベースラインが取れない」というトラブルで、原因がセルの取り違えだったという話は珍しくない。可視部専用のガラスセルと石英セルは、見た目でほとんど区別がつかない。
実務上の対策は単純である。
- 紫外部を使う分析では、セルを石英に統一してしまう(可視部も測れるので困らない)
- ガラスセルを併用するなら、保管場所を物理的に分ける
- 使い捨てプラスチックセルを使う場合は、その製品の使用可能波長域を必ず確認する
4. セルのもう一つの誤差 ― 光路長の公差

材質の次は寸法である。ランベルト・ベールの式では吸光度は光路長に比例するので、光路長の誤差はそのまま吸光度の誤差になる。
Hellma の資料は光路長の公差も示している。
- 石英セル:0.01〜0.05 mm の光路長で ±0.003 mm
- 光学ガラスセル:光路長の仕様に応じて ±0.05 mm 〜 ±0.1 mm
短光路のセルでは公差が絶対値として小さく抑えられている一方、光学ガラスの公差は石英より一桁以上大きいことがわかる。
ここから出てくる実務上の帰結は二つある。
- セルを途中で入れ替えない。同じ検量線の中でセルが変われば、光路長の差がそのまま系統誤差になる
- 対(マッチドペア)で買う意味はここにある。試料側と参照側で光路長が違えば、その差は補正されずに残る
「同じ溶液を測り直したら値が違う」という現象の原因が、セルの向きを変えたこと(同じセルでも面が違う)や、別のセルに入れ替えたことである場合は多い。
5. 日本薬局方〈2.24〉が要求している数値
ここから規制の層に入る。日本薬局方の一般試験法 2.24 紫外可視吸光度測定法は、装置の性能確認を数値で定めている。
Agilent が日本薬局方 2.24 への適合をまとめたホワイトペーパーから、判定基準を引く。
波長
測定を3回繰り返したとき、測定波長と標準波長値との差が ±0.5 nm 以内であり、かつ各測定値が平均 ±0.2 nm 以内であること
吸光度
測定を3回繰り返したとき、吸光度が 0.500 以下なら平均 ±0.002 以内、0.500 を超えるなら平均 ±0.004 以内であること
この二つを並べると、〈2.24〉が何を守ろうとしているかが見える。
- 波長の要求は「確度」と「精度」の二段構えである。標準値からのずれ(±0.5 nm)だけでなく、3回の測定値のばらつき(平均±0.2 nm)も見る。ずれていても安定していればよい、ではない
- 吸光度の要求は絶対値で書かれている。相対誤差ではないので、吸光度が小さいほど相対的には厳しくなる。0.100 で ±0.002 なら相対 2% だが、0.500 なら 0.4% である
2節で見たとおり吸光度はスリット幅に依存し、3〜4節で見たとおりセルにも依存する。±0.002 という許容差は、それらがすべて管理されていて初めて成立する数字である。
6. 標準物質は二種類ある ― 波長用と吸光度用

〈2.24〉の性能確認には、目的の違う二種類の標準物質が使われる。同ホワイトペーパーが挙げるものはこうなる。
波長の確認に使うもの(シャープな吸収ピークの位置が既知)
- 希土類酸化物の液体フィルター:過塩素酸中の酸化ホルミウム、ジジム、硫酸中の酸化セリウム
- 希土類酸化物のガラスフィルター:酸化ホルミウム
吸光度の確認に使うもの(吸光度の値が既知)
- 液体フィルター:重クロム酸カリウム
- ガラスフィルター:NIST トレーサブルフィルター(930E)
この二分法には理由がある。波長を確認するには「位置が鋭く決まっているもの」が要り、吸光度を確認するには「値が正確に決まっているもの」が要る。前者にはランタノイドの鋭い吸収線が好都合で、後者には濃度と吸光係数が精密に決められた重クロム酸カリウム溶液や、値付けされた減光フィルターが使われる。
実務上の注意は二つある。
- どちらか一方だけでは性能確認にならない。波長が合っていても吸光度がずれていれば定量は狂う
- 標準物質には有効期限と保管条件がある。液体フィルターは経時変化するので、期限切れのものでの確認は記録として無効になりうる
7. 三局の位置づけ

UV-Vis は各国薬局方でそれぞれ独立した一般試験法になっている。
- 日本薬局方:一般試験法 2.24 紫外可視吸光度測定法
- 米国薬局方:857 章 Ultraviolet-Visible Spectroscopy
USP については経緯がある。かつて分光は 851 章「Spectrophotometry and Light-Scattering」に一本化されていたが、USP-NF の公式通知はこう述べる。
General Chapter 851 is being replaced by a new series of general chapters describing the specific spectroscopic techniques that are included therein. (一般章 851 は、そこに含まれる個別の分光技術を記述する新しい一連の一般章に置き換えられつつある)
この分割で紫外可視は 857 章となり、official date は 2016年5月1日である。FTIR徹底解説 で見たとおり、同じ分割で中赤外は 854 章になった。
そして FTIR の適格性評価で確認したのと同じ構図が、ここにもある ―― 「装置は適格性評価済みです」という一文は、どの薬局方に対してかを言わなければ意味を持たない。
注記:欧州薬局方にも対応する一般試験法が存在するが、本記事では章番号と判定基準を原典で確認できていないため扱っていない。
8. 現場で効く注意点

ここは原典に基づく規定ではなく、1〜6節の内容から導かれる実務上の整理である。その旨を明示したうえで挙げる。
測る前
- セルが石英かガラスかを、測定波長と突き合わせて確認する(3節)
- セルの向きを固定する。多くのセルには基準面の印がある(4節)
- 参照側にも試料と同じ溶媒を、同じセルの相方で入れる(1節)
測るとき
- SBW をメソッドに記録する。書かなければ再現できない(2節)
- 吸光度が高すぎる/低すぎるときは、まず希釈または光路長の変更を考える。装置設定をいじる前に
記録するとき
- 性能確認の記録に、使用した標準物質のロットと期限を残す(6節)
- どの薬局方に対する適合かを明記する(7節)
9. チェックリスト

A. メソッドを作るとき 1. 測定波長でセルの材質が透過するかを確認したか(石英 200 nm/特殊光学ガラス 320 nm/光学ガラス 360 nm) 2. SBW をメソッドに書いたか。吸収帯の幅の 1/10 以下を目安にしたか 3. セルは対で使い、途中で入れ替えない運用にしたか
B. 性能確認をするとき 4. 波長:3回測定で標準値との差 ±0.5 nm 以内、各値が平均 ±0.2 nm 以内か 5. 吸光度:3回測定で 0.500 以下は平均 ±0.002 以内、0.500 超は平均 ±0.004 以内か 6. 波長用と吸光度用の両方の標準物質で確認したか 7. 標準物質のロットと有効期限を記録したか
C. 結果を疑うとき 8. 装置を変えて値が合わない → SBW の設定差を最初に疑う(2節) 9. 紫外部でベースラインが取れない → セルの材質を疑う(3節) 10. 同じ溶液で値が再現しない → セルの向き・入れ替えを疑う(4節)
まとめ
- 装置が測っているのは強度比であり、吸光度は A = −log₁₀ T で計算された数字である(1節)
- 吸光度はスペクトルバンド幅に依存する。SBW は吸収帯の固有幅の 1/10 以下が推奨され、その条件で 99.5% 以上の確度とされる。メソッドに SBW を書かなければ再現できない(2節)
- セルの材質が測れる波長を決める。石英は 200 nm から、特殊光学ガラスは 320 nm から、光学ガラスは 360 nm から。紫外部は石英以外にありえない(3節)
- 光路長の公差は石英で ±0.003 mm(短光路)、光学ガラスで ±0.05〜±0.1 mm。セルを入れ替えれば系統誤差になる(4節)
- 日本薬局方〈2.24〉は3回測定で波長を標準値の ±0.5 nm 以内かつ平均 ±0.2 nm 以内、吸光度を 0.500 以下で平均 ±0.002 以内、0.500 超で ±0.004 以内と定める(5節)
- 標準物質は波長用(酸化ホルミウム等の希土類酸化物)と吸光度用(重クロム酸カリウム、NIST 930E)の二種類が要る(6節)
- USP では 851 章の分割により紫外可視が 857 章となり、official date は 2016年5月1日(7節)
用語集
- 透過率(T):試料を通った光の強度と参照を通った光の強度の比。
- 吸光度(A):A = −log₁₀ T。装置が直接測る量ではなく、透過率から計算される値。
- スペクトルバンド幅(SBW):分光器から出る光の、最大強度の半分における波長の幅。スリット幅で変わる。
- 固有バンド幅(NBW):測定対象の吸収帯の、最大吸収の半分における幅。
- マッチドセル(対セル):光路長と光学特性を揃えた一対のセル。試料側と参照側で使う。
- 希土類酸化物フィルター:鋭い吸収線を持ち、波長軸の確認に使われる標準物質。酸化ホルミウム、ジジム、酸化セリウムなど。
- 重クロム酸カリウム溶液:吸光度の確認に使われる標準物質。
出典
- Agilent Technologies「Pharmaceutical Analysis Using UV-Vis: Compliance with Supplement 1 to the Japanese Pharmacopoeia 17 ed., Section 2.24」(5994-1971EN) — https://icpms.cz/labrulez-bucket-strapi-h3hsga3/whitepaper_jp_pharmacopeia_cary_3500_uv_vis_5994_1971en_us_agilent_56a20e276c/whitepaper_jp_pharmacopeia_cary-3500_uv-vis_5994-1971en_us_agilent.pdf
- Hellma「Material and Technical Information」 — https://www.hellma.com/en/cuvettes-laboratory-supplies/cuvettes/material-and-technical-information
- cphnano「What Is Spectral Bandwidth within UV-Vis Spectroscopy?」 — https://knowledge.cphnano.com/en/pages/what-is-spectral-bandwidth-within-uv-vis-spectroscopy
- USP-NF「Monographs and General Chapters Affected by Revision to General Chapter Spectrophotometry and Light-Scattering」 — https://www.uspnf.com/notices/spectrophotometry-light-scattering
制作メモ:ディープリサーチで収集した資料を出発点に、編集側でメーカーの技術資料と薬局方対応の白書、USP-NF の公式通知を開いて検証のうえ執筆した。
限界と未確認事項:(1) 日本薬局方〈2.24〉の判定基準は、薬局方の原文ではなく Agilent の薬局方対応白書に記載された値を引用している。実務で用いる際は必ず薬局方の原文にあたること。(2) 同白書は波長と吸光度の2項目しか扱っておらず、迷光試験や分解能試験の具体的な判定基準は確認できていないため本記事では扱っていない。(3) 日本薬局方〈2.24〉がスペクトルバンド幅を数値で規定しているかどうかは条文を確認できていない。2節の SBW/NBW 比はメーカー系解説に基づく一般的指針として記載した。(4) 欧州薬局方の対応章の番号と判定基準は確認できていないため記載していない。(5) 8節は原典に基づく規定ではなく、本文の内容から導いた編集側の整理である旨を本文中に明示した。(6) 使い捨てプラスチックセルの使用可能波長域については、メーカーごとの製品仕様に幅がありうるため具体的な数値を挙げていない。