前処理・SPEカラムの選び方 ― pKaで収着剤が決まり、ベッド質量で上限が決まる【2026年版】
クロマトグラフィー

前処理・SPEカラムの選び方 ― pKaで収着剤が決まり、ベッド質量で上限が決まる【2026年版】

SPEカートリッジのカタログは、収着剤名と充填量が並ぶだけで「どれを選べばいいか」を教えてくれない。 しかし選択のロジック自体は単純で、分析対象の pKa が収着剤の種類を決め、収着剤の質量が 処理できる試料量の上限を決め、ベッドボリュームが必要な溶媒量を決める。 本記事は、シリカC18をポリマー系が置き換えた理由(水濡れ性)、強/弱イオン交換を pKa で選ぶ規則、 「ベッド質量の5%(シリカ)〜10%(ポリマー)」という容量則、乾固を省くµElutionの実測差、 そしてSPE・SLE・LLEを同一試料で比較したメーカー実測データを、一次資料で確認して整理する。 あわせて、ICH M10 が回収率について何を要求し、何を要求していないかを条文で確認する。

SPE(固相抽出)のカタログを開くと、C18、HLB、MCX、MAX、WCX、WAX、PSA、GCB……と略号が並び、それぞれに 10 mg から 1 g までの充填量と、カートリッジ・96ウェル・ディスクの各フォーマットが用意されています。組み合わせは数百通りあり、カタログは「どれを選ぶか」を教えてくれません

しかし、選択のロジック自体は驚くほど単純です。

  1. 分析対象の pKa(と logP)が、収着剤の種類を決める
  2. 収着剤の質量が、処理できる試料量の上限を決める
  3. ベッドボリュームが、各ステップに必要な溶媒量を決める

この3つを順番に決めれば、候補は数個まで絞れます。あとは実験で詰めるだけです。逆に、この順番を守らずに「とりあえず C18 の 100 mg」から始めると、回収率が出ない理由が収着剤なのか、量なのか、溶媒なのか、切り分けられなくなります。

本記事は、SPE を製品比較ではなく設計問題として扱います。数値はすべてメーカーの製品資料・アプリケーションノート・規制ガイドライン本文で確認したものです。

SPE選択の3段のロジックを示した図解
図解:選択のロジックは3段。①分析対象の pKa が収着剤の種類を決める ②マトリックス量がベッド質量(カートリッジのサイズ)を決める ③ベッドボリュームが各ステップの溶媒量を決める。この順で決めれば候補は数個まで絞れる。

この記事の読み方:1〜2節は前処理手法の全体像で、入門者向けです。3〜6節が本記事の核心(収着剤の選択則・容量則・溶媒量)で、ここだけ読んでも設計はできます。7〜9節は乾固の省略・リン脂質除去・手法比較の実データ、10節は評価と規制です。マトリックス効果そのものの診断はLC-MSトラブルシューティング、PFASでの具体例はPFASのLC-MS/MS分析、バリデーション全体はICH M10をあわせてご覧ください。

1. 前処理は「何を捨てるか」の選択である

除タンパク・液液抽出・担持液液抽出・固相抽出・パススルー精製の得意と代償を比較した図解
図解:前処理手法の比較。除タンパク(PPT)は速いが塩もリン脂質も残り濃縮効果がない。液液抽出(LLE)はクリーンだが手作業が多い。担持液液抽出(SLE)は自動化できるが待ち時間と乾固が要る。固相抽出(SPE)は濃縮と精製を同時にでき選択性を設計できるが、ステップが多い。パススルー精製は手数が少ない代わりに濃縮できない。

前処理の目的は、濃縮と精製の2つです。どちらを重く見るかで手法が変わります。

手法 原理 得意 代償
除タンパク(PPT) 有機溶媒や酸でタンパク質を析出させ、上清を取る 速い・安い・化合物を選ばない 塩もリン脂質も残る。希釈されるので濃縮効果はない
液液抽出(LLE) 水と混じらない有機溶媒に分配させる 極めてクリーンな抽出液が得られる 手作業が多い、乳化、溶媒量が多い、pHで一斉抽出が難しい
担持液液抽出(SLE) 試料を不活性担体に固定し、有機溶媒を流して抽出する LLEの選択性を、バルブ操作で自動化できる 待ち時間がある、蒸発乾固が必要、担体由来の不純物
固相抽出(SPE) 収着剤に保持させ、洗って、少量で溶出する 濃縮と精製を同時に、選択性を設計できる ステップが多い、収着剤選択が必要
パススルー精製 妨害成分(タンパク質・リン脂質)だけを捕捉し、目的成分は素通りさせる 手数が少なく、化合物を選ばない 濃縮できない、捕まえたい側が吸われることがある

SPE が他と違うのは、「何を捨てるか」を化学で設計できる点です。LLE は溶媒の極性と pH でしか制御できませんが、SPE は「保持のしかた」を疎水性・イオン交換・その両方から選べます。その代わり、設計しなければ何も起きません。

2. 収着剤の地図 ― 逆相か、イオン交換か、両方か

収着剤は、保持のメカニズムで3つに大別できます。

  • 逆相(reversed phase):疎水性相互作用で保持する。シリカ系 C18/C8 と、ポリマー系(Oasis HLB、Strata-X、Bond Elut Plexa など)がある。
  • イオン交換(ion exchange):静電相互作用で保持する。陽イオン交換(酸性官能基)と陰イオン交換(塩基性官能基)がある。
  • 混合モード(mixed mode):ポリマー骨格の逆相性に、イオン交換基を併せ持たせたもの。Oasis MCX/MAX/WCX/WAX、Strata-X-C/-CW/-A/-AW がこれにあたる。

現在の実務では、混合モードが第一候補になることが多いです。理由は、洗浄の自由度が桁違いに上がるからです。イオン結合で保持しておけば、100% メタノールで洗っても分析対象は流れません。逆相だけで保持していたら、その洗浄はできません。「強く保持しておいて、強く洗う」ができるのが混合モードの本質的な利点です。

3. なぜポリマー系がシリカC18を置き換えたのか ― 水濡れ性

シリカC18の脱濡れとポリマー系の水濡れ性を対比した図解
図解:ポリマー系収着剤が選ばれる理由は水濡れ性。シリカ C18 はベッドが乾くとアルキル鎖が水をはじき、細孔に水系試料が入らなくなる(脱濡れ)。骨格内に親水性ドメインを持つポリマー系は乾いても保持容量が落ちず、pH 0〜14 で使える。

シリカ C18 は今も現役ですが、生体試料や環境水の前処理ではポリマー系が主流になりました。理由は表面積でも粒子径でもなく、乾いても死なないことです。

Waters のオアシス技術資料には、水濡れ性(water-wettable)についてこう書かれています。

水濡れ性の Oasis 収着剤は、コンディショニングやサンプルロードの途中で収着剤ベッドが乾いてしまった場合でも、より広い極性範囲の分析対象に対して優れた保持容量を示す。これは SPE メソッドがより堅牢かつ頑健になることを意味し、試料前処理のやり直しを不要にする。

C18 で同じことをすると、アルキル鎖が水をはじいた状態で固まってしまい(脱濡れ)、以後は水系試料が細孔に入れません。「真空を止め忘れて一瞬空気を吸った」だけで回収率が落ちるというのが、シリカ逆相 SPE の最大の再現性リスクでした。ポリマー骨格の中に親水性のドメイン(Oasis HLB なら N-ビニルピロリドン)を持たせることで、この問題そのものが消えます。

Oasis HLB は「親水性の N-ビニルピロリドンと親油性のジビニルベンゼンを特定の比で共重合させた」もので、極性の高い分析対象を捕まえるための中性の極性「フック」を持つ、と資料は説明しています。

物性値としては、たとえば Agilent Bond Elut Plexa の仕様書(5990-7567EN)に粒子径 45 µm、細孔径(公称)100 Å、比表面積 450 m²/gという数値が明記されています。混合モードの Oasis MAX/WCX/WAX はいずれもpH 0〜14 で安定と記載されており、シリカ系(一般に pH 2〜8 程度)では扱えない強アルカリ・強酸の条件を使えます。

実務メモ:ポリマー系にすれば乾燥が完全に無害になるわけではありません。乾いた状態が長く続けば、溶媒の置換が不完全になって溶出のばらつきにつながります。「事故が致命傷にならない」という意味に受け取るのが正しい理解です。

4. 混合モードは pKa で選ぶ ― 強と弱の使い分け

ここが SPE 選択の中心です。強/弱の選択は、分析対象の強さの「逆」を選ぶという一言に尽きます。

分析対象 選ぶ収着剤 官能基 溶出の考え方
弱塩基(pKa ≤ 10.5) 強陽イオン交換(SCX):Oasis MCX、Strata-X-C スルホン酸 分析対象側を中和して外す(塩基性メタノールで溶出)
強塩基・第四級アンモニウム(常に帯電) 弱陽イオン交換(WCX):Oasis WCX、Strata-X-CW カルボン酸 収着剤側を中和して外す(酸性メタノールで溶出)
弱酸(pKa > 2) 強陰イオン交換(SAX):Oasis MAX、Strata-X-A 第四級アミン 分析対象側を中和して外す(酸性メタノールで溶出)
強酸(スルホン酸、PFAS など) 弱陰イオン交換(WAX):Oasis WAX、Strata-X-AW アミン 収着剤側を中和して外す(塩基性メタノールで溶出)

(pKa の区切りは Phenomenex の SPE ガイドの汎用メソッド表に「塩基は pKa ≤ 10.5 なら強陽イオン交換、pKa > 8 なら弱陽イオン交換」「酸は pKa > 2 なら強陰イオン交換、pKa < 5 なら弱陰イオン交換」と明記されているものです。境界が重なっているのは、どちらでも組めるゾーンがあるという意味です。)

分析対象のpKaから混合モード収着剤を選ぶ対応関係を示した図解
図解:混合モードは pKa で選ぶ。弱塩基(pKa 10.5 以下)は強陽イオン交換(MCX)、pH で中和できない強塩基・第四級アンモニウムは弱陽イオン交換(WCX)、弱酸(pKa 2 超)は強陰イオン交換(MAX)、強酸・PFAS は弱陰イオン交換(WAX)。

理屈は単純です。イオン結合を切るには、どちらか一方を中和すればよい。分析対象が pH をどう振っても中和できないほど強い酸・強い塩基なら、収着剤の側を中和できる「弱」タイプを選ぶしかありません。だから PFAS(スルホン酸・カルボン酸)には WAX が使われます。Waters の PFAS 用 Oasis WAX は陰イオン交換容量 0.6 meq/g、6 cc カートリッジで 150 mg(30 µm)と 500 mg(60 µm)の規格が公開されています。

強タイプと弱タイプで中和する側が入れ替わることを示した図解
図解:溶出はどちらか一方を中和すれば切れる。強タイプ(MCX・MAX)は分析対象側を中和して外す。弱タイプ(WCX・WAX)は収着剤側を中和して外す。分析対象が pH をどう振っても帯電したままの強酸・強塩基には、弱タイプしか選べない。

pKa から2単位ずらす、の意味

保持条件の pH は「分析対象の pKa から2単位ずらす」と教えられます。根拠はヘンダーソン・ハッセルバルヒの式で、pKa から 2 単位離すとその化学種の 99% が一方の形になるからです。

  • 逆相で保持したいとき:分析対象を非イオン型にする(酸なら pH ≤ pKa − 2、塩基なら pH ≥ pKa + 2)
  • イオン交換で保持したいとき:分析対象をイオン型にする(塩基なら pH ≤ pKa − 2)

同じ「2単位」でも向きが逆になります。ここを取り違えると、保持されるはずの成分がロードで素通りします。

混合モードは「分画」もできる

Phenomenex の汎用スタートメソッド(30 mg/1 mL 基準)を見ると、強陽イオン交換の洗浄がこう設計されています。

洗浄1:1 mL の 0.1 N HCl 水溶液(この画分を回収すれば極性中性成分を分析できる) 洗浄2:1 mL の 0.1 N HCl メタノール溶液(この画分を回収すれば中性成分・酸性成分を分析できる) 溶出:2 × 500 µL の 5% アンモニア水メタノール溶液(塩基を溶出)

つまり混合モードのカートリッジ1本で、極性中性/中性・酸性/塩基性の3画分に分けられるということです。「洗浄液は捨てるもの」という思い込みを外すと、スクリーニングの効率が一段上がります。

5. 容量を決める ― 「ベッド質量の5%と10%」という上限

ベッド質量に対する容量上限と、そこに含まれるものを示した図解
図解:容量の上限はベッド質量の 5%(シリカ系 C18)〜10%(ポリマー系)で、**そこには目的成分だけでなく塩・緩衝剤・妨害成分が全部含まれる**。30 mg のポリマー系なら 3 mg。カートリッジのサイズは分析対象の量ではなく、マトリックスの量で決まる。

収着剤の量を選ぶ根拠として、最も実用的な数字がこれです。Thermo のアプリケーションブリーフ(AB 21899)に、破過が起きたときの対処としてこう書かれています。

ベッド質量が試料マトリックス量に対して小さすぎ、破過が起きている。試料負荷を減らすか、収着剤ベッド質量を増やすこと。典型的なベッド容量は、ベッド質量の最大 5%(シリカ系 C18)〜10%(ポリマー系)であり、これには目的の分析対象に加えて緩衝剤・塩・妨害成分が含まれる。

最後の一文が要点です。この上限を消費しているのは、ほぼ全部マトリックスです。血漿 400 µL に含まれる分析対象が数 ng なのに対し、タンパク質・塩・脂質は mg オーダーで入ってきます。つまり、

  • 30 mg のポリマー系カートリッジの容量上限は 3 mg
  • 500 mg なら 50 mg

であり、「分析対象が少ないから小さいカートリッジでいい」という考え方は成り立ちません。カートリッジのサイズは、マトリックスの量で決まります。

Agilent の Bond Elut Plexa の仕様書でも、保持容量/イオン交換容量の欄は「収着剤質量の 10%」と記載されています。メーカーをまたいで同じ目安です。

破過は容量だけでは決まらない

もうひとつ、見落とされやすいのが流速です。SPE の理論段数は HPLC よりはるかに小さく、通液が速すぎると、分析対象が細孔内へ拡散して吸着する前に流れ去ってしまいます。これは熱力学的な保持の強さ(k')をいくら上げても防げません。「容量は足りているのに回収率が出ない」ときは、まず流速を落とすのが正しい一手です。

なお破過容量は慣例的に流出液の濃度が流入濃度の 1% に達した点で定義されます(1% 破過)。この閾値は「損失を小さく保ちつつ、実用的な検出限界を維持する」ための妥協点として選ばれています。

6. 溶媒量を決める ― ベッドボリューム

洗浄・溶出に必要な溶媒量をベッドボリュームで表した図解
図解:溶媒量はベッドボリューム(充填層の空隙体積)で決める。典型は 4〜16 ベッドボリュームで、実用最小が 4、推奨が 8。溶出に 2 ベッドボリュームしか流していなければ溶出しきっていない。洗浄は溶媒の強さだけでなく、量でも効く。

洗浄と溶出に必要な溶媒量は、収着剤の質量ではなくベッドボリューム(充填層の空隙体積)に比例します。Phenomenex の SPE ガイドは次のように定義しています。

洗浄と溶出のステップに必要な溶媒量は、SPE チューブ内の収着剤質量、より正確にはデバイスの「ベッドボリューム」に直接関係する。典型的には 4〜16 ベッドボリュームが SPE メソッドで使われる。 実用最小量 = 4 ベッドボリューム/推奨量 = 8 ベッドボリューム

同ガイドの規格表では、たとえば標準的な Strata-X で 10 mg なら最小 60 µL・推奨 120 µL100 mg なら最小 600 µL・推奨 1.2 mL1 g なら最小 6 mL・推奨 12 mL という対応になっています。

この数字が効いてくるのは洗浄の設計です。溶出に 2 ベッドボリュームしか流していなければ、そもそも溶出しきっていません。逆に、洗浄を 20 ベッドボリューム流せば、弱く保持された分析対象は洗い流されます。「洗浄は強さ(溶媒組成)だけでなく、量でも効く」という感覚を持っておくと、回収率の切り分けが速くなります。

7. 乾固を省く ― µElution が効く場面

蒸発乾固の有無によるペプチド回収率の差を示した棒グラフ
図解:乾固は分析対象を失う工程。血清中のペプチド DALDA C8(10 ng/mL 添加)の実測比較で、10 mg カートリッジ+蒸発乾固は絶対回収率 50%(%CV 10.5、N=6)、2 mg の µElution プレートで乾固を省くと 95%(%CV 5.7)。前処理の回収率を落としている犯人が SPE ではなく乾固だったという例。

SPE の後、溶出液を窒素気流で蒸発乾固して再溶解する、という工程はほぼ儀式化しています。しかしここは分析対象が消える工程でもあります。

Phenomenex のガイドに、この損失を定量した実測例が載っています。血清中のペプチド DALDA C8(10 ng/mL 添加)を、2つの方法で処理した比較です。

方式 プロトコル 絶対回収率 %CV(N=6)
10 mg カートリッジ+蒸発乾固 2 × 175 µL で溶出 → 窒素気流で乾固 → 50 µL で再溶解 50% 10.5
µElution プレート(2 mg/ウェル) 2 × 25 µL で溶出 → 乾固なし、そのまま注入 95% 5.7

資料はこの差を「乾固ステップで約 50% の損失が観察される」と説明しています。ペプチドや熱に弱い化合物では、前処理の回収率を落としている犯人が SPE ではなく乾固だったということが普通に起こります。

µElution が成立するのは、収着剤量が極小(2 mg)で、テーパー形状の流路に充填されているためです。Waters の資料も、この形式について「25 µL という少量での溶出を可能にする」「蒸発と再溶解なしで最大 15 倍の濃縮が得られる」としています。

注意:µElution は万能ではありません。ベッドが 2 mg しかない以上、5節の容量則から扱えるマトリックス量は 0.2 mg 程度です。血漿を数百 µL 通すことはできても、大量の環境水を濃縮する用途には向きません。

8. リン脂質除去 ― 「捨てたいものだけ捨てる」

生体試料の LC-MS/MS で最も厄介な妨害成分がリン脂質です。逆相で強く保持され、グラジエントの後半でまとめて溶出し、イオン化を抑制します。除タンパクだけではリン脂質は一切除去されません(タンパク質と一緒に落ちてくれないため)。

そこで、リン脂質だけを選択的に捕捉して目的成分は素通りさせる「パススルー」型のプレートが各社から出ています。原理は2系統あります。

  • 逆相吸着型(Waters Ostro など):リン脂質の2本の長い疎水性アシル鎖を、逆相相互作用で捕まえる。
  • ルイス酸・塩基型(Supelco HybridSPE-PLus など):ジルコニア表面のジルコニウム原子がルイス酸として働き、リン脂質のリン酸基(ルイス塩基)と配位結合を作る。

使い分けの勘所は、目的成分がリン脂質と似ているかどうかです。目的成分自体が非常に疎水性の高い化合物(脂溶性ビタミンなど)だと、逆相吸着型ではリン脂質と一緒に吸われて失われる可能性があります。リン酸基への特異的な配位を使うタイプなら、その懸念は原理的に小さくなります。

いずれの方式も濃縮はできません。感度が足りない場合は、パススルー精製ではなく SPE を選ぶことになります。

9. SPE・SLE・LLE を同一試料で比較した実データ

SPE・SLE・LLEの処理時間と平均回収率を比較した図解
図解:メーカー資料による3手法の比較(Waters が自社の Oasis PRiME HLB を他社 SLE プレートおよび LLE と比較したもの)。血漿 96 検体の処理時間は SPE 15 分・SLE 40 分・LLE 60 分。血漿での平均回収率は SPE 98±8%・SLE 89±7%・LLE 70±10%。

Waters が 2017 年に公開したアプリケーションノート(720006060EN)は、同じ試料・同じ分析対象で3手法を並べた数少ない公開データです。血漿中 22 化合物(酸・塩基・中性を含む)と尿中 23 化合物で比較しています。

⚠️ 前提:これは Waters が自社の Oasis PRiME HLB を、他社の SLE プレートおよび LLE と比較したメーカー資料です。結論が自社製品に有利であることは差し引いて読む必要があります。ただし、実験条件と数値がすべて開示されているため、「何をどう測ったか」は検証できます。以下はその条件つきの数値です。

処理時間(血漿 96 検体)

手法 所要時間 内訳
Oasis PRiME HLB(µElution) 15 分 コンディショニングと平衡化が不要、乾固・再溶解も不要
SLE 40 分 ロード後 5 分+抽出溶媒適用後 5 分の待機、乾固・再溶解が必要
LLE 60 分 5 分ボルテックス+5 分遠心(11,000 rcf)、乾固・再溶解が必要

血漿での回収率とマトリックス効果

手法 平均回収率 マトリックス効果の絶対値の平均 ME が 20% を超えた化合物数
SPE(Oasis PRiME HLB) 98 ± 8%(全化合物が 75〜110%) 6% 0/22
SLE 89 ± 7% 26% 17/22
LLE 70 ± 10% 16% 7/22

マトリックス効果の標準偏差の範囲は、SPE が 1.4〜8.8%、SLE が 1.9〜10.3%、LLE が 2.6〜28.3% で、LLE はばらつきが大きいという結果でした。

この資料でむしろ重要なのは、単一プロトコルで酸・塩基・中性を一斉に扱えるかという論点です。SLE と LLE では、中性・塩基性向けに最適化したプロトコルだと酸性化合物(ナプロキセン、合成カンナビノイドのCOOH代謝物)の回収率が 30% 未満に落ちました。尿試料では逆に、水希釈だと極性塩基(アンフェタミン類、ノルフェンタニル)が60% 未満になり、0.5 M アンモニア水で pH 11 に振ると極性塩基は改善する代わりに酸性代謝物が落ちる、という綱引きが起きています。

もう一点、SLE のマトリックス効果が LLE より悪かったことについて、資料は「SLE と LLE では、強い水非混和性の抽出溶媒がフリットやプレートから不純物を抽出し、抽出液を汚染する可能性がある」と述べています。同じ溶媒・同じ試料で LLE では見られなかったので、担体側が疑われるという論理です。デバイスそのものが汚染源になりうるという視点は、SPE でも同じく持っておくべきものです。

10. 評価と規制 ― 回収率は100%でなくてよい

ICH M10 §7.3 の回収率に関する条文を引用した図解
図解:ICH M10 §7.3 の一文。「回収率は 100% である必要はないが、分析対象物質と内標準の回収率の程度は一貫していなければならない」。回収率 60% で CV 3% のメソッドは、回収率 95% で CV 15% のメソッドより優れている。

10.1 ME・RE・PE を分けて測る

前処理の性能は、3つのサンプルセットを比較して分解します(Matuszewski ら、2003)。

  • セットA:純溶媒に分析対象を溶かしたもの(マトリックスなし)
  • セットB:ブランクマトリックスを抽出したあとに分析対象を添加したもの
  • セットC:ブランクマトリックスに抽出前に分析対象を添加し、通常どおり処理したもの

これらのピーク面積から、

  • マトリックス効果 ME=B/A(イオン化への影響だけを見る)
  • 回収率 RE=C/B(抽出効率だけを見る)
  • プロセス効率 PE=C/A=ME × RE(前処理全体の実力)

が得られます。回収率が低いのか、イオン化が抑制されているのかは、この分解をしないと区別できません。片方だけを追いかけて時間を溶かすのを防ぐ、最も費用対効果の高い実験です。

⚠️ ME の定義には2通りあることに注意してください。

  • 比で表す流儀:ME=(B/A) × 100%。100% が「影響なし」。80% ならイオン抑制。
  • 偏差で表す流儀:ME=((B/A) − 1) × 100%。0% が「影響なし」。−20% ならイオン抑制。

9節で引いた Waters の資料は後者を使っています(だから「ME 6%」は「影響が 6% ある」という意味であり、「94% 抑制されている」ではありません)。他人のデータを読むときは、まず定義を確認してください。

10.2 ICH M10 が要求していること、していないこと

生体試料分析のバリデーションは ICH M10(EMA/CHMP/ICH/172948/2019、EU では 2023年1月21日 発効)に統一されました。前処理に関わる条文を条番号つきで確認します。

§3.2.1 選択性

選択性は、少なくとも 6 個体/ロット(非溶血・非脂肪血)から得たブランク試料を用いて評価する。(中略)妨害成分に起因するレスポンスは、定量下限における分析対象物質のレスポンスの 20% 以下、かつ定量下限試料における内標準のレスポンスの 5% 以下でなければならない。脂肪血マトリックスにおける選択性の調査には、少なくとも 1 個体のマトリックスを用いる。

§3.2.3 マトリックス効果

マトリックス効果は、少なくとも 6 個体/ロットのマトリックスからそれぞれ調製した低濃度および高濃度 QC を少なくとも 3 回繰り返し分析して評価する。評価した各個体/ロットについて、真度は理論値の ±15% 以内、精度(%CV)は 15% 以下でなければならない。

§7.3 回収率 ― ここが SPE の設計者にとって最も重要な一文です。

試料抽出を伴う方法では、回収率(抽出効率)を評価すべきである。(中略)分析対象物質の回収率は 100% である必要はないが、分析対象物質と内標準(使用する場合)の回収率の程度は一貫していなければならない。回収実験は、複数濃度、典型的には 3 濃度(低・中・高)で抽出試料の分析結果を比較して行うことが推奨される。

「回収率は 100% である必要はない。一貫していればよい」 ― これは前処理の設計思想そのものです。回収率 60% で CV 3% のメソッドは、回収率 95% で CV 15% のメソッドより優れています。回収率を上げる努力は、ばらつきを下げる努力に劣後するのです。

10.3 ⚠️ よく混同される点:IS正規化マトリックスファクターは M10 の要求ではない

「マトリックスファクター(MF)を計算し、内標準で正規化した IS-normalised MF の 6 ロットにおける CV が 15% 以下であること」――バイオアナリシスの現場で広く引用される要求ですが、これは ICH M10 の条文ではありません

  • 旧 EMA ガイドライン(EMEA/CHMP/EWP/192217/2009 Rev.1 Corr.2、2011年7月21日)§4.1.8 に、「各ロットについて MF を算出し、分析対象の MF を IS の MF で割って IS 正規化 MF を求める。6 ロットから算出した IS 正規化 MF の CV は 15% を超えてはならない」「プールしたマトリックスを使ってはならない」と明記されています。
  • ICH M10 の本文には「matrix factor」という語が一度も現れません。 代わりに §3.2.3 のとおり、各ロットの真度・精度で判定する方式に置き換わりました。

旧 EMA ガイドラインは現在失効(superseded)しています。手順書に「IS 正規化 MF の CV ≤ 15%」と書いてあるなら、それは旧ガイドラインの名残です。continuing して実施すること自体に問題はありませんが、M10 の要求と混同したまま「規制要求だから」と説明するのは正確ではありません

11. 分析者の視点 ― 決定順序

実務では、次の順で決めると手戻りが少なくなります。

  1. 分析対象の pKa と logP を書き出す。 ここで収着剤の種類(逆相か、混合モードのどれか)が決まる(4節)。複数化合物なら、pKa の分布が広いかどうかを見る。広ければ混合モード1本での一斉抽出を狙う。
  2. マトリックスの量を見積もる。 試料量とマトリックスの濃さから、必要なベッド質量を「5%/10%則」で逆算する(5節)。分析対象の量ではない。
  3. 保持と溶出の pH を決める。 「保持のときは pKa から2単位、溶出のときは中和する側を選ぶ」(4節)。
  4. 洗浄を設計する。 溶媒の強さと、ベッドボリューム換算の量の両方を決める(6節)。可能なら洗浄画分も分析して、いつ分析対象が出てくるかを確認する。
  5. 乾固が要るかどうかを決める。 溶出量を µElution 相当まで下げられるなら、乾固ごと省く(7節)。
  6. ME・RE・PE を分けて測る(10節)。回収率が低いのか、イオン化が抑えられているのかを最初に切り分ける。
  7. 一貫性を確認する。 回収率の絶対値より、濃度間・ロット間のばらつきを見る。

最も多い失敗は、2 を飛ばして 1 だけで決めることです。収着剤の化学が正しくても、ベッドが小さければ破過します。逆に、破過しているときに収着剤の種類を変えても直りません。「化学が合っているか」と「量が足りているか」は別の問題として切り分けてください。

もうひとつ、SPE は装置ではなく消耗品であることを忘れないでください。ロットが変われば挙動が変わりうるし、9節で見たようにデバイス自体が不純物の供給源にもなります。メソッドを長く使うつもりなら、ロット変更時の確認手順を最初から手順書に入れておくのが安上がりです。

まとめ

SPE選択の4つの要点をまとめた図解
図解:①pKa が収着剤を決め、マトリックス量がベッド質量を決める ②強と弱は分析対象の逆を選ぶ ③容量上限はベッド質量の 5〜10% で、そこにはマトリックスが全部含まれる ④回収率は 100% でなくてよく、一貫していればよい。
  • 選択のロジックは3段。 ①分析対象の pKa が収着剤を決める ②マトリックス量がベッド質量を決める ③ベッドボリュームが溶媒量を決める。この順で決めれば候補は数個に絞れます。
  • 強/弱は分析対象の逆を選ぶ。 弱塩基には強陽イオン交換(MCX)、pH で中和できない強酸(PFAS など)には弱陰イオン交換(WAX)。イオン結合はどちらか一方を中和すれば切れる、という一点に還元できます。
  • ポリマー系がシリカC18を置き換えたのは水濡れ性が理由。 ベッドが乾いても保持容量が落ちないため、「一瞬空気を吸った」が事故にならず、pH 0〜14 が使えます。
  • 容量の上限はベッド質量の 5%(シリカ)〜10%(ポリマー)で、そこには塩・緩衝剤・妨害成分が全部含まれる。 30 mg のポリマー系なら 3 mg。カートリッジのサイズは分析対象ではなくマトリックスで決まります。
  • 溶媒量は 4〜16 ベッドボリューム(最小4、推奨8)。 洗浄は強さだけでなく量でも効きます。
  • 乾固は分析対象を失う工程。 ペプチドの実測例では、乾固ありの 10 mg カートリッジが回収率 50%(CV 10.5%)、乾固を省いた µElution が 95%(CV 5.7%)でした。
  • ICH M10 §7.3:回収率は 100% である必要はないが、分析対象と内標準の回収率は一貫していなければならない。 回収率を上げる努力より、ばらつきを下げる努力です。
  • 「IS 正規化 MF の CV ≤ 15%」は ICH M10 の要求ではありません。 それは失効した旧 EMA ガイドライン §4.1.8 の規定で、M10 本文に "matrix factor" の語はありません。

用語集

  • SPE(固相抽出):試料を収着剤に通し、目的成分を保持させ、洗浄して妨害成分を除き、少量の溶媒で溶出させる前処理。
  • 収着剤(sorbent):SPE カートリッジに充填された吸着材。逆相・イオン交換・混合モードなどがある。
  • 混合モード:逆相性とイオン交換性を1つの収着剤に併せ持たせたもの。イオン結合で保持しておけば強い有機溶媒で洗える。
  • 水濡れ性(water-wettable):ベッドが乾いても水系試料が細孔に再び入れる性質。ポリマー系収着剤の利点。
  • ベッドボリューム:充填層の空隙体積。洗浄・溶出に必要な溶媒量の基準単位で、4〜16 倍量が使われる。
  • 破過(breakthrough):保持しきれずに分析対象が流出すること。慣例的に流出濃度が流入濃度の 1% に達した点で定義する。
  • µElution(マイクロエリューション):2 mg 程度の極小ベッドをテーパー流路に充填し、25 µL 程度で溶出させる形式。蒸発乾固を省ける。
  • パススルー精製:妨害成分だけを捕捉し、目的成分は素通りさせる方式。濃縮はできない。
  • SLE(担持液液抽出):試料を不活性担体に固定し、水非混和性溶媒を流して抽出する、LLE の自動化版。
  • ME / RE / PE:マトリックス効果/抽出回収率/プロセス効率。3セットの試料の比で分解して求める。
  • IS 正規化マトリックスファクター:分析対象の MF を内標準の MF で割った値。旧 EMA ガイドラインの要求で、ICH M10 にはない。

出典

  • Thermo Fisher Scientific「Application Brief: General Reversed Phase SPE Optimization」AB 21899 — https://documents.thermofisher.com/TFS-Assets/CMD/Application-Notes/ab-21899-spe-general-reversed-phase-optimization-ab21899-en.pdf
  • Waters Corporation「Oasis Sample Extraction Products: Chemistry and Formats」 — https://www.waters.com/nextgen/us/en/library/application-notes/2010/oasis-sample-extraction-products-chemistry-and-formats.html
  • J.P. Danaceau, K. Haynes, E.E. Chambers「A Comprehensive Comparison of Solid Phase Extraction (SPE) vs. Solid Liquid Extraction (SLE) vs. Liquid Liquid Extraction (LLE) for Bioanalysis and Forensic Toxicology」Waters Application Note 720006060EN(2017) — https://www.waters.com/nextgen/us/en/library/application-notes/2017/solid-phase-extraction-vs-solid-liquid-extraction-vs-liquid-liquid-extraction.html
  • Phenomenex「The Complete Guide to Solid Phase Extraction (SPE)」製品ガイド — https://www.phenomenex.com/
  • Agilent Technologies「Agilent Bond Elut Plexa vs. Waters Oasis Sample Prep Products」5990-7567EN — https://www.agilent.com/Library/brochures/5990-7567EN%20Bond%20Elut%20Plexa%20vs%20Oasis.pdf
  • Waters Corporation「Oasis WAX for PFAS Analysis」製品仕様(陰イオン交換容量 0.6 meq/g) — https://www.waters.com/nextgen/us/en/shop/sample-preparation--filtration/186009345-oasis-wax-for-pfas-analysis-6-cc-vac-cartridge-150mg-sorbent-per.html
  • X. Zhang, P.C. Iraneta, E.E. Chambers, K.J. Fountain「Advantages of Ostro Pass-through Sample Preparation Versus Solid Supported Liquid Extraction (SSLE)」Waters Application Note 720005199EN(2014) — https://www.waters.com/nextgen/us/en/library/application-notes/2014/advantages-of-ostro-pass-through-sample-preparation-versus-solid-supported-liquid-extraction.html
  • ICH「M10 Bioanalytical Method Validation and Study Sample Analysis」(Step 4、2022年5月24日採択/EMA/CHMP/ICH/172948/2019、EU 発効 2023年1月21日) — https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/ich-guideline-m10-bioanalytical-method-validation-step-5_en.pdf
  • EMA「Guideline on bioanalytical method validation」EMEA/CHMP/EWP/192217/2009 Rev.1 Corr.2(2011年7月21日、現在は失効) — https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/guideline-bioanalytical-method-validation_en.pdf
  • B.K. Matuszewski, M.L. Constanzer, C.M. Chavez-Eng「Strategies for the Assessment of Matrix Effect in Quantitative Bioanalytical Methods Based on HPLC−MS/MS」Anal. Chem. 75(13), 3019–3030(2003) — https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ac020361s
  • University of Tartu「LC-MS Method Validation: Quantitative estimation of matrix effect, recovery and process efficiency」(教材) — https://sisu.ut.ee/lcms_method_validation/54-quantitative-estimation-matrix-effect-recovery-process-efficiency/

制作メモ:本記事は NotebookLM のディープリサーチで収集した136件のソースを出発点に、編集側がメーカー製品資料・アプリケーションノート・規制ガイドライン本文(PDF原本)を直接取得し、数値と条文を1件ずつ照合したうえで執筆しました。容量則・ベッドボリューム・pKa による収着剤選択・µElution の実測差・SPE/SLE/LLE 比較の全数値・ICH M10 の各条文については、いずれも原典の該当箇所を確認しています。ICH M10 に「matrix factor」の語が存在しないことは、ガイドライン本文(45ページ)の全文検索で確認しました。 取り込んだソースのうち、URLを持たない生成文書1件("Comprehensive Solid-Phase Extraction Sorbent Selection and Method Validation Guide (2023–2026)")は採用していません。この文書に由来していた収着剤の比表面積の比較表(Oasis HLB 800 m²/g、Bond Elut Plexa 550 m²/g など)は、メーカー原本で確認できたもの(Bond Elut Plexa 450 m²/g)以外は掲載していません。 また、9節の比較データはメーカーが自社製品を他社製品と比較した資料である旨を本文中に明示しています。