材料を「温めると何が起きるか」を測る——それが熱分析(Thermal Analysis)です。ポリマー・医薬品・電池材料といった高機能材料の開発では、融ける・固まる・分解する・やわらかくなるといった温度に対する振る舞いが、品質と安全性を左右します。本記事では熱分析の主要4手法 DSC・TGA・TMA・DMA が「何を測り、何がわかるか」を一枚のマップに整理し、応用技術と最新機器の全体像までを俯瞰します。
この記事の読み方
- 入門者の方:まず「熱分析の4大手法」の表と各手法の節を読めば、どの装置が何のためにあるかの地図が手に入ります。専門用語は初出時に一言補足しています。
- 現場の分析者・研究者の方:「応用技術」「最新トピック」「メーカー別の最新ライン」「使い分け」を中心に、2026年時点の機器トレンドの確認にお使いください。型番・数値は出典(メーカー公式)に紐づけています。
熱分析とは——温度をかけて物性の変化を測る
熱分析とは、試料の温度を一定のプログラム(昇温・降温・等温)で制御しながら、試料の物理的・化学的性質の変化を測定する手法群の総称です。「何を物性として捉えるか」によって手法が分かれます。たとえば、出入りする熱量を測るのが DSC、重さの変化を測るのが TGA、寸法の変化を測るのが TMA、力に対する変形(粘弾性)を測るのが DMA です。
重要なのは、これらが相補的であることです。たとえば DSC で見えた吸熱ピークが「融解」なのか「熱分解」なのかは、重量変化を追う TGA と突き合わせて初めて判断できます。1つの手法で結論を急がず、複数の手法で裏を取るのが熱分析の基本姿勢です。
熱分析の4大手法——何を測り、何がわかるか
| 手法 | 測定するパラメータ | 主にわかること |
|---|---|---|
| DSC(示差走査熱量測定) | 熱流(ヒートフロー) | 融点、ガラス転移(Tg)、結晶化、比熱、純度、硬化・吸発熱反応 |
| TGA(熱重量測定) | 重量の変化 | 熱安定性、分解温度、組成(フィラー・揮発分)、酸化安定性 |
| TMA(熱機械分析) | 寸法(長さ)の変化 | 熱膨張係数(CTE)、軟化点、熱収縮、相転移 |
| DMA(動的粘弾性測定) | 力に対する変形(粘弾性) | 貯蔵/損失弾性率、損失正接(tanδ)、高感度なTg検出、分子運動 |
用語補足:ガラス転移(Tg) はアモルファス(非晶質)部分が硬いガラス状からやわらかいゴム状へ移り変わる温度。損失正接(tanδ) は材料が振動エネルギーをどれだけ熱として散逸するかの指標で、ピーク位置から Tg を高感度に読み取れる。
DSC(示差走査熱量測定)
試料と基準物質に同じ温度プログラムを与え、両者に流れる熱流の差を測ります。融解(吸熱)、結晶化(発熱)、ガラス転移(比熱の段差)、硬化反応(発熱)などを、熱の出入りとして直接捉えられるのが強み。ポリマーの結晶化度、医薬品の多形(結晶形)、樹脂の硬化度評価など、用途は最も広い手法です。
TGA(熱重量測定)
試料を加熱しながら重量の変化を精密天秤で連続測定します。「いつ・どれだけ重さが減るか」から、分解温度・熱安定性・揮発成分や水分の量・フィラー(充填材)の含有率などがわかります。後述する発生ガス分析(EGA)と組み合わせると、「減った重さが何のガスとして抜けたか」まで追えます。
TMA(熱機械分析)
試料に一定の微小荷重をかけ、温度変化に伴う寸法(長さ)の変化を測ります。熱膨張係数(CTE)の測定、軟化点や相転移の検出に使われ、電子部品・フィルム・複合材料の寸法安定性評価で重宝されます。
DMA(動的粘弾性測定)
試料に周期的な力(振動)を与え、応答する変形から粘弾性(貯蔵弾性率=硬さ、損失弾性率=粘性、tanδ)を測ります。DSC では捉えにくい微弱なガラス転移も、DMA なら tanδ のピークとして高感度に検出できます。ゴム・プラスチック・複合材料の力学物性と分子運動の評価に強い手法です。
一歩進んだ応用技術
標準的な単一測定を超えて、複雑な材料挙動を解くための技術が実用化されています。
- STA(同時熱分析):TGA と DSC(または DTA)を同一試料で同時測定する手法。まったく同じ条件で重量変化と熱流を同時に追えるため、試料の不均一性による誤差を避けつつ、反応が「吸熱を伴う重量減少(=分解)」なのか「重量変化のない吸熱(=融解)」なのかを一度に切り分けられます。
- 温度変調DSC(MDSC / TM-DSC):直線的な昇温に正弦波状の温度変調を重ね、可逆熱流(ガラス転移・融解)と非可逆熱流(硬化・蒸発・緩和)を分離します。重なり合った現象を解きほぐすのに有効です。
- Flash DSC(超高速DSC):チップ型センサーで極めて速い昇降温を実現する手法。METTLER TOLEDO の Flash DSC は 1〜40,000 K/s という桁違いの速度で、射出成形のような実プロセスに近い急冷下の結晶化挙動を再現できます(通常の DSC の最高昇温速度は 300 K/min 程度)。
- 発生ガス分析(EGA):TGA に質量分析計(MS)や FTIR を結合し、加熱で発生したガスを同定します。リチウムイオン電池の安全性評価では、熱暴走の引き金となる可燃性ガスの発生挙動を把握する手段として重要です。EGA は質量分析の技術とも地続きの領域です。
最新トピック:コインセルを「分解せずに」測る電池安全性評価
2026年の注目株が、電池の非破壊・セルレベル評価です。Waters の TA Instruments ブランドは2026年6月9日、Coin Cell DSC を発表しました。2032型コインセルを分解(teardown)することなく、組み上がったセルのまま熱安定性を評価でき、サンプル前処理時間を90%以上削減します。温度範囲は −80〜600℃。熱・発生ガス・電気化学を1回の実験で同時取得できる点が特徴で、熱暴走(thermal runaway)の早期の兆候をセルレベルの相互作用を保ったまま捉えられます(出荷開始は2026年8月予定)。
材料単体の評価とセル全体の挙動を橋渡しするこのアプローチは、EV シフトを背景に電池の安全性・寿命予測の精度を高める方向で広がりつつあります。
メーカー別:2026年の最新ラインと特長
各社の最新機種を、確認できた公式スペックとともに整理します(型番・数値は出典に対応)。
- TA Instruments(Discovery シリーズ):DSC は Discovery DSC 25 / 250 / 2500 の3グレード(25がエントリー、2500が最上位)。特許技術 Tzero と Fusion Cell によりベースラインの平坦性と分解能に優れます。前述の Coin Cell DSC で電池評価にも展開。
- METTLER TOLEDO(STARe システム):最新フラッグシップは DSC 5+。FlexMode により入力補償型と熱流束型を1台で切り替えられる世界初のデュアルモードDSCで、MultiSTAR センサーは136熱電対。FlexCal によるセンサー自己調整で全温度域の較正を保つ。広く普及する DSC 3+(FRS 5+=56熱電対/HSS 8+=120熱電対、−150〜700℃)も現行。超高速領域は Flash DSC が担います。
- Hitachi High-Tech(NEXTA シリーズ):NEXTA DMA。Real View カメラで測定中の試料の色変化や破損の瞬間を直接観察でき、データの変化を「映像」で裏づけられます。
- NETZSCH(DSC 300 Caliris):Classic / Select / Supreme のモジュール構成。最上位 Supreme は液体窒素冷却で −180〜750℃ の広温度域をカバー。待機電力を抑える Eco Mode などの省エネ機能を搭載。
- Shimadzu(DSC-60 Plus):温度範囲 −140〜600℃、150℃で ノイズ0.5µW以下、±150 mW のダイナミックレンジ。品質管理から研究開発まで安定したベースラインを提供。
- PerkinElmer(Pyris シリーズ):2024年発表の新世代。Pyris DSC 9 は −180〜750℃、Pyris STA 9(TGA+DSC 同時)は 15〜1100℃ をカバー。
使い分けの早見表
| 知りたいこと | 第一候補 | 補完する手法 |
|---|---|---|
| 融点・Tg・結晶化・反応熱 | DSC | DMA(微弱なTg)、TGA(分解との切り分け) |
| 熱安定性・分解温度・組成 | TGA | EGA(発生ガス同定)、STA(熱情報も同時に) |
| 熱膨張・軟化・寸法安定性 | TMA | DMA(力学物性) |
| 力学物性・微弱なTg・分子運動 | DMA | DSC(熱量情報) |
| 電池セルの熱安全性 | Coin Cell DSC | EGA・電気化学(同時取得) |
分析者の視点:機器選定のチェックポイント
- 感度とベースライン安定性:微弱な転移(小さな Tg など)を捉えるには、ベースラインの平坦性とノイズレベルが効きます。
- 温度域と冷却手段:必要な低温(液体窒素/メカニカル冷却)と高温の範囲を、装置構成を変えずにカバーできるか。
- 同時・複合分析:STA や EGA、電気化学との同時測定が必要かどうかで選択肢が変わります。
- 観察・自動化・省エネ:その場観察(カメラ)、オートサンプラー、待機電力低減(Eco Mode 等)はルーチン運用の効率に直結します。
まとめ
熱分析は「DSC=熱量/TGA=重量/TMA=寸法/DMA=粘弾性」という4つの軸で材料の温度応答を捉え、STA・MDSC・Flash DSC・EGA といった応用技術で複雑な挙動を解きほぐします。2026年は Coin Cell DSC のような電池安全性評価が最も動きの大きい領域で、各社が温度域・感度・同時分析・省エネを競っています。まずは「何を明らかにしたいか」から手法を選び、必要に応じて複数手法で裏を取る——これが熱分析を使いこなす基本です。
用語集
- DSC(示差走査熱量測定):試料と基準の熱流差を測り、融解・Tg・結晶化・反応熱などを捉える。
- TGA(熱重量測定):加熱に伴う重量変化から熱安定性・分解・組成を評価する。
- TMA(熱機械分析):微小荷重下での寸法変化から熱膨張・軟化を測る。
- DMA(動的粘弾性測定):周期的な力への応答から貯蔵/損失弾性率・tanδを測る。
- ガラス転移(Tg):非晶質部分がガラス状からゴム状へ移る温度。
- STA(同時熱分析):TGA と DSC/DTA を同一試料で同時に測る。
- EGA(発生ガス分析):TGA に MS/FTIR を結合し発生ガスを同定する。
- 熱暴走(thermal runaway):電池内部で発熱が連鎖的に加速する危険な現象。
出典
- TA Instruments「Discovery DSC 25」 https://www.tainstruments.com/discovery-dsc-25/
- TA Instruments / Waters「Coin Cell DSC を発表(電池安全性:熱・発生ガス・電気化学を統合)」 https://www.tainstruments.com/waters-launches-coin-cell-differential-scanning-calorimeter-dsc-to-advance-battery-safety-with-integrated-thermal-evolved-gas-and-electrochemical-analysis/
- METTLER TOLEDO「Thermal Analysis System DSC 5+(STARe / FlexMode / FlexCal)」 https://www.mt.com/us/en/home/products/Laboratory_Analytics_Browse/TA_Family_Browse/ta-instruments/thermal-analysis-system-DSC-5-plus.html
- Hitachi High-Tech「NEXTA DMA」 https://www.hitachi-hightech.com/global/en/products/analytical-systems/thermal-analysis/dma/nexta-dma.html
- NETZSCH「DSC 300 Caliris Classic / Select / Supreme」 https://analyzing-testing.netzsch.com/en/products/differential-scanning-calorimeter-dsc-differential-thermal-analyzer-dta/dsc-300-caliris-classic
- Shimadzu「DSC-60 Plus Series — Specs」 https://www.shimadzu.com/an/products/thermal-analysis/differential-scanning-calorimeters/dsc-60-plus-series/spec.html
- PerkinElmer「Pyris TGA 9, DSC 9, STA 9」 https://www.perkinelmer.com/category/pyris-tga-9-dsc-9-sta-9
制作メモ:NotebookLM のディープリサーチで一次情報候補を収集し、編集側で各社公式ページにあたって型番・温度域・数値を検証のうえ執筆した。METTLER の最新機については後日 DSC 5+(FlexMode・FlexCal・MultiSTAR 136熱電対)を公式資料で確認し、記述を更新している。